ドンブリで救われた命
神奈川県警察本部が警視庁にすら先駆け、いち早く「特殊能力昇級制」の導入を決めたのは二年前だった。ノンキャリアの生田福助は、この制度を利用して、当時まだ二十六歳ながら警部補という階級に到達できた。
「ヤマネ主任が刑事になったのは、同じ歳のオタフク係長より早いとか、小耳に挟みましたけど、本当でしょうか?」
「はい。私は高校を卒業後すぐ警察学校に入りましたから、大学まで進んだ彼より先に警察官となり、刑事になるのも少しだけ早かったに過ぎません」
「自分も高卒です」
「それくらい知っていますよ」
穂波とヤマネ刑事が、中華料理ぷーさんに到着した。
店長の柏木衛門と、彼の叔母に当たる蒼井宇江がいる。そればかりか、ラーメン唐菜軒の三宮姫子が赤ん坊を抱いている姿もあった。
穂波が、確信に満ちた表情で問い掛ける。
「衛門さん、あなたは掏り替えたドンブリ六個をオークションに出品し、落札したエチオピア人に売り渡しましたね?」
「……」
「仕方なかったのよ! 娘が重い病気で、高額の薬代が必要だから」
黙り込んだ衛門さんに代わって姫子さんが答えた。
穂波が問い詰める。
「ドンブリを売って得たお金で、その子の命が救われたの?」
「はい……」
今度は衛門さんが口を挟んでくる。
「娘のために僕が計画した。だから逮捕するのは、僕だけにしてくれ! 今日まで生きてくれた薫美から、せめて母親は奪わないで貰いたい。どうか頼む!!」
早口で捲し立てた後、衛門さんが床に崩れて頭を落とす。
穂波は姫子さんを見つめる。
「くくぅ……」
姫子さんは、鳩が鳴くような呻き声を発した。そんな彼女の顔面から、穂波が思わず視線を逸らしてしまう。
ここにヤマネ刑事が割り込んでくる。
「大切な子供を死なせたくないと思うのは当然かもしれませんが、犯罪を見逃す訳にはいきませんよ」
「はい、もちろん承知です……」
穂波が渋面で答えてから、再び姫子さんに視線を向ける。
すると姫子さんは、赤ん坊を宇江さんに託した上で、両腕をくっつけて突き出した。これは、いわゆる「お縄になります」という身振りで、テレビのドラマではあるけれど、穂波が現実に見たのは初めてのこと。
「午後六時十八分、窃盗罪の容疑で逮捕します」
穂波は、熱い大粒を瞳から溢れさせながら、姫子さんの腕に手錠を掛けた。
ヤマネ刑事が衛門さんに尋ねる。
「一点、よろしいでしょうか」
「なんです?」
「ドンブリを単に盗むのでなく、なぜ掏り替えたのですか」
「ラーメン店ランキングに入りたいから、験担ぎのつもりで……」
「そうですか」
衛門さんの身柄も、ヤマネ刑事によって拘束された。
宇江さんに抱かれた赤ん坊は、なにも知らず、健やかに眠っている。
《☆~ ドンブリ掏り替わり事件 解決! ~》