ビッグデータの番犬
二日間に渡って起きたドンブリ掏り替わり事件は、ラーメン唐菜軒を最後にぷっつり途絶え、捜査に進展のないまま丸三日が過ぎた。
初日の現場では、防犯カメラに犯行の瞬間がバッチリ映っているけれど、第一の店では長身の若い男性、次が太った中年女性、三店目は背中を曲げて歩く白髪の老男性というように、実行犯は別々だった。掏り替えられていたドンブリの六個が、ほとんど新品の同じものなので、一つのグループによる犯行と考えられる。
それと興味深いことが判明した。グルメ情報誌の最新号に「横浜近郊ラーメン店ランキング」が掲載されており、初日の事件がランク一位から三位までにピタリと一致し、翌日はランク入りしていない中華料理ぷーさん、四位の銀海竜、五位のラーメン唐菜軒という順番で発生した。これについては、事件との関連がまったく分からない。
「ヤマネ主任、すっかり手詰まりになりましたね?」
「まことに遺憾ながら、肯定せざるを得ません」
二人がデスクで頭を抱えていると、オタフク係長が姿を現す。
「どうやら、捜査が進展していないようですねえ」
「はい。このままでは、迷宮入りになってしまうのではないかと……」
気力を失った表情の穂波に、オタフク係長が珍しく声を荒げる。
「たった三日で諦めるのですかっ!」
「えっ!?」
「あ、大声を出して済みません」
「いえ……」
困惑する穂波を前にして、オタフク係長が話を続ける。
「ボクがビッグデータを調べたところ、オークションサイトにドンブリ六個セットが出品され、エチオピア連邦民主共和国の大富豪によって落札されたことが判明したのです。その金額を日本円にすると、およそ四百五十万円になります」
「ええっ、本当でしょうか!!」
「はい。なんら間違いはありませんよ」
ここにヤマネ刑事が口を挟む。
「出品されたのは、ドンブリ掏り替わり事件の被害品なのでしょうか」
「おそらくそうでしょうね」
「ほほほ。ビッグデータの番犬という異名を持つあなたが嗅ぎつけたのならば、寸分の狂いもないでしょう。スマホ刑事、これで迷宮入りなどあり得ませんよ」
ヤマネ刑事の銀縁メガネが、俄かに輝きを取り戻す。
得心のいかない穂波が率直に尋ねる。
「どういう意味でしょうか??」
「言葉通りです。事件は大詰めを迎えました。ほーっ、ほほほ!」
「はあ、そうですか……」
念願の刑事になってから、たったの十日を経たばかりに過ぎない穂波には、とうてい理解が及ばなかったけれど、ここは上司であるヤマネ刑事の下した判断を信じることにする。
丁度、業務用の道具問屋から電話があった。掏り替わっていたドンブリと同じもの百個を、つい先日、中華料理ぷーさんに売ったという。
「スマホ刑事、出掛けますよ」
「はっ、了解です!!」
穂波とヤマネ刑事は、駆け足で厄介事捜査室を出る。