ヤマネ刑事
マゴリ警部補は、壁の針時計を一瞥して、また穂波に視線を戻す。
「いけねえ、タイムリミットだ。後のこたあ、あっちにいるメガネ野郎から教わるとよかろう。あいつはヤマネだ」
「へっ?」
間の抜けた言葉を発しながら、マゴリ警部補の指差す先を見ると、やや小柄な男性が、丁度チェアから立ち上がるところ。
その人は、今日から上司になるヤマネ刑事だけれど、異動になったばかりの穂波には、知る由もない。取りあえず、彼に向かって軽く会釈してみた。
彼が素早く歩いてくる。一方、マゴリ警部補は、黙ったまま外へ向かう。
「寿間さん、どうぞこちらへ」
ヤマネ刑事が手で、今まで彼のいたデスクの方へ誘ってくれる。
それで穂波が先に立って進む。
「ストップ。そこが寿間さんに割り当てられたデスクです」
「はい!」
咄嗟に立ち止まり、回れ右をする穂波だった。
ヤマネ刑事は、また素早く移動して、自身のチェアに座る。
「あなたもお掛けになって下さい」
「は、ありがとうございます!」
穂波は、もう一度回れ右をしてから、四十五度の角度でお辞儀する。そして、勧められたチェアに腰を下ろす。
ここまでを見届けたヤマネ刑事が、静かに話し始める。
「私は、巡査部長の弥馬音響です。厄介事捜査二係の主任を務めています。皆さんからは、《ヤマネ》、《ヤマネ刑事》、《ヤマネ主任》、《ヤマちゃん》などと呼ばれています。本日より私が、直接あなたを指導および監督する立場になりますので、どうぞよろしくお願いします」
「あっ、こちらこそ、よろしくご教示お願いします。おっと、申し遅れておりました、自分は寿間穂波巡査でございます。先ほどマゴリ先輩、あっ、馬護警部補殿から、《スマホ》という身にあまるニックネームを頂戴つかまつりました。よ、よろしければ、弥馬音主任様も、そのようにお呼び下されば幸いであります」
「分かりました。今後は、寿間さんを、《スマホ刑事》とお呼びしましょう」
「おっ、あ、ありがとうございます!」
「ほほほ」
ヤマネ刑事は、口元に手を当てて笑っている。
上司が穏やかな人でよかったと、心から思うのだった。