初動捜査(二)
脱線してしまった話を、ヤマネ刑事が元に戻そうとする。
「防犯カメラの映像を確認させて頂けるでしょうか」
「ああ、もちろんだ。容疑者を特定して、一刻も早く検挙するためだからな」
伊予介さんが快諾して、厨房の中に誘ってくれる。
ガスコンロの前に若い女性が立ち、なにかしらの調理をしていたので、穂波が小声で「あの方は花梨さんでしょうか?」と尋ねたところ、そっけなく「そうだ」と返答があった。
厨房の奥へ進み、伊予介さんが引き戸を開けると、いわゆる「バックヤード」というスペースがあって、そこは紛れもなく事務所だと穂波にも分かった。
一つだけあるデスクの前に、伊予介さんのと同じ白い調理用衣服を着た中年女性が座っており、なかなかに険しい表情で、パソコンの画面を睨んでいる。
「かみさんだ」
伊予介さんが声を発したので、ようやく杏子さんが、穂波たちの存在していることに気づく。
「あんた、そちらの二人は誰なの??」
「どちらも刑事さんだ」
「は?」
得心のいかない様子の杏子さんを前にして、ヤマネ刑事が口を開く。
「神奈川県警察です。お仕事をされているところ、たいへん申し訳ありません」
「いいえ、休憩中です」
杏子さんが見つめるパソコンの画面には、トランプのカードが沢山並んでいる。
それを目の当たりにした穂波が「彼女はゲームを楽しんでおられるのね」と直感的に判断して、思わず言葉を掛ける。
「息抜きですね」
「違うわよ。あたし、意気込んでやっているのだから」
「へっ!?」
穂波は「たかがお遊びに、ここまで気合いを入れるなんて、一体どういう気質を持った人なのだろう」と思わざるを得ない。
伊予介さんが釈明を始める。
「こいつは去年、神経衰弱の神奈川県大会で準優勝した。それで今年こそ必ず優勝してみせると、毎日この機械を使って特訓しているのだ」
また話が逸れると捜査にならないので、ヤマネ刑事が本題に入る。
「こちらで先ほど、ドンブリ掏り替わり事件が起きまして、副店長の伊予介さんから捜査の依頼を頂いたのです」
「刑事さんから、防犯カメラの映像を確認させてくれと頼まれた。容疑者を特定するために協力せにゃならん」
「あのカメラ、なにも撮っていないのよ」
「な、そりゃ本当か??」
横からヤマネ刑事が口を挟んでくる。
「つまり、カメラはダミーなのですね」
「ダミー??」
きょとんとした表情の伊予介さんに、穂波が説明する。
「模造品という意味です。防犯カメラがダミーなら、撮影をしているように見せ掛けているだけで、実際は録画されていないことになります」
「あれはダミーなんかじゃないわよ。本物だけれど、なにも映していないの。先代の遺志だから」
「え、どういうこと??」
見解を否定されてしまい、今度は穂波がきょとんとする。