初動捜査(一)
当然のこと、殺人であれ誘拐であれ、その他どんな事件の捜査であろうと、取り立てて初動が重要になる。店に入ってきた時は満席に近かったけれど、今はもう、他にお客の姿が一つとしてなく、すぐにでも事情聴取を始められそうな状況となっている。
ヤマネ刑事が落ち着いた表情で頭をぐるりと回すので、穂波もそれに倣う。
サイコロの六の目を縦長に置いたような形で、四人席のテーブルが六つ並んでおり、そのうちの一つ、穂波たちが立っている店内最奥の角で、ドンブリの掏り替えが起きた。
左手側に通路を挟み、十席のスツールを備えた細長いカウンターが出入り口の近くまで伸びて、その先に、雑誌や新聞を収納するマガジンラックと、キャッシャーを載せたキャビネットが配置されている。
上方を眺めると、カウンター側の天井、両端に一つずつ防犯カメラが、店内の奥と出入り口を撮影する角度で設置してあった。
店のレイアウトをバッチリ観察できた。
テーブル席に腰を据えて、いよいよ事情聴取が始まる。まずは名前や立場などを教えて貰う。
白い調理用衣服の中年男性が、副店長と副調理長を兼任する銀海伊予介で、茶髪店員は、フリーターをしている夜霧将太と名乗った。
従業員は他に女性が二人いて、伊予介さんの妻子だという。
「かみさんの杏子が店長であると同時に調理長だ。娘の花梨には調理と会計係を任せている。将太は注文聞き、配膳係と掃除と皿洗い、仕入れの手伝いなんかもしていて、時給が千二百五十円だ」
伊予介さんが早口で説明し、さらに言葉を重ねる。
「この野郎は杏子の妹の息子で、花梨に惚れていやがる」
「お、おやっさん!!」
「やあ図星だったな。はははは」
「ちょっともう、勘弁して下さいっす!」
将太さんは顔面を赤らめ、頭を掻きながら抗議した。
一方、饒舌パワー全開モードになった伊予介さんは、まだ話を続ける。
「この事件だが、怨恨の線が濃厚だと思うぞ」
「ええっ、そうなのですか??」
犯行の動機について、唐突に自前の推理を聞かされたので、穂波は、少なからずたじろいでしまった。
横から将太さんが口を挟んでくる。
「今のは気にしなくていいっすよ。おやっさんときたら刑事ドラマが好きなものだから、適当なこと言ってるだけなんで」
「バカ野郎、お前が赤ん坊の頃、誰に面倒見て貰ったと思ってやがる!」
「また出たよ。オレがちょっと口答えすると、すぐそれだ。まったくもう……」
将太さんが渋面を見せながら、再び頭を掻き始める。
穂波は胸の内で、「この人たちって、テレビのホームドラマに出てくるラーメン店の伯父さんと甥っ子みたいだわ」とつぶやいた。