怪人コラーゲンの封筒(三)
天井に向かって、シベリア刑事部長が言葉を放つ。
「ああ、こんなに大きな声を出して笑うのって、十年ぶりだわ」
「ええっ、本当ですか!?」
「本当なの。取りあえず、座って頂戴」
「は、はい!」
穂波が腰を下ろす。
シベリア刑事部長は、真剣な表情を取り戻した。
「後先になったけれど、その封筒は、警視総監から受け取ったの。着ていた背広のポケットに入っていたそうよ」
「総監の背広に!?」
先ほど、ヤマネ刑事も「警視総監」を話に出した。それが警視庁のトップであることは、穂波にも分かっているけれど、名前すら覚えていない。
「総監の古等元造は、あたしの叔父よ」
「えっ!」
「この神奈川県警で本部長を務めたこともあって、コラーゲン本部長と呼ばれていたわ。一昨日の朝、総監の奥さんが背広をクリーニングに出そうとして、ポケットの中を調べたら、封筒が入っていたの。しかも、あたしのもう一人の叔父、祐次さんの背広だったそうよ。前の日の夜に、叔父たちが二人で食事した時に入れ替わってしまったのね。総監の奥さんが電話して尋ねたところ、祐次さんも封筒のことを知らなくて、宛名が《親愛なる師部理亜へ》と書いてあるものだから、あたしの方に、お鉢が回ってきたの。封筒から検出された指紋は、素手で触った総監の奥さんのものだけだったわ」
シベリア刑事部長の表情は、少なからず険しい。
穂波が封筒を見てつぶやく。
「なかなかに厄介ですね」
「そうよ。だから二人に、捜査を頼みたいの。どうかしら?」
「は、了解です!」
「承知しました」
この厄介な案件を、穂波たちが担当することになった。
普通なら、刑事部長が一介の捜査員に仕事を直接与えたりしない。これは、いわゆる「特命」と呼ぶに値する、異例中の異例と言えよう。
ヤマネ刑事が尋ねる。
「シベリア刑事部長は、二枚目の文面を解読できたように仰いましたけれど、その内容を、私たちに教えて頂けないのでしょうか」
「あたしの解読は、九十九パーセント正しいと確信しているわ。でもね、一パーセントでも誤りの可能性があるなら、それを無視してはいけないの。捜査を進める上で、過信と先入観は禁物よ。分かって?」
「はい、理解できました。目からウロコが落ちた気がします」
「自分も、ヤマネ主任と同じ思いであります!」
シベリア刑事部長が解読した内容に最初から頼るのでなく、自分たちの力で謎を解くことに決まった。