怪人コラーゲンの封筒(一)
シベリア刑事部長が指示を出す。
「兎も角、そこに座って、しっかり読んで頂戴」
「承知しました」
「了解です!」
部屋の真ん中に、四角の低いテーブルを挟み、ソファーが向き合っている。その片側に、ヤマネ刑事と穂波が横並びとなって腰を下ろす。
シベリア刑事部長から託された白い封筒は、縦に細長いタイプで、切手が貼られていない。郵便番号と住所もなく、中央辺りに赤色で、「親愛なる師部理亜へ」と横方向に書いてある。これは、ボールペンを使って書いたらしいけれど、形が歪んでいて、字を書くことが苦手な穂波ですら、下手だと思えた。
ヤマネ刑事は、三秒くらい黙って凝視した後、封筒を裏返す。下の方に、同じく横書きだけれど、青色で「怪人コラーゲンより」という差出人が記してある。筆跡が、明らかに表側と同一だと分かった。
封筒の中身は、重ねて折られた二枚の紙だった。一枚目に、黒色で「二枚目を解読しないと、神奈川県はヤバいよ」と書かれている。その字は、ボールペン習字のお手本に使えるくらいに達筆である。
そして肝心の二枚目は、クネクネとした蛇の形のような黒い模様が並んでいるだけで、読み方も意味も、サッパリ想像すらできない文面だった。
穂波が、ふと思ったことを口にする。
「これは、象形文字という種類でしょうか?」
「私には判断できません。少なくとも、私が見たことのない文字です」
ヤマネ刑事が、困惑した表情で答えた。
ここへ、まるで天から降り注ぐかのように、清らかな声が届く。
「古代蛇竜語よ」
穂波がシベリア刑事部長の顔に視線を向け、率直に尋ねる。
「もしかして、これの解読を、おできになったのでしょうか?」
「ええ、そうよ」
「凄いです! さすがは、踊れる麗しき最高知能!」
ソファーの隣りで、ヤマネ刑事が意図的に「ごほん」と咳払いをする。
すると、穂波が「あっ」と一言を発すると同時に立ち上がり、シベリア刑事部長に向かって、頭を深々と下げる。
「たいへん失礼な発言でした! 申し訳ございません!」
「うふふふ。謝らなくていいわ。あたし、その異名って結構お気に入りなの。だから気にしないで、お座りなさい」
「はい!」
穂波は、一礼してからソファーに腰を下ろす。胸の内で、「この刑事部長は、優しく心の広いお方でよかった」とつぶやき、そして「偉いお方の前では、発言に気をつけなければ」と肝に銘じるのだった。