胸ドキの刑事部長室
午前九時二十分、穂波とヤマネ刑事が、並んで刑事部長室の前に到着した。胸の鼓動が、少なからず高まっている。男性と歩くことにドキドキしている訳でなく、赴いてきた目的地が、偉いお方の居場所だから。
穂波は、右手にスマホを持っている。これは、厄介事捜査室に異動してきた日、ヤマネ刑事からの勧めを受けて、捜査に使う主な道具として選んだもの。しかしながら、今は、正確な時刻を知るための数値に過ぎない。
「ヤマネ主任、十秒前です!」
「では、カウントダウンをお願いします」
「はい! ごー、よん、さん」
突如、扉が開いて、中から女性が顔を出す。
「に、わっ!!」
この事態をまったく想定していなかったため、穂波は、カウントダウンの中断を余儀なくされた。
女性が話し掛けてくる。
「あなた、スマホ刑事ね?」
「はい、仰せの通りであります! シ、シベリア刑事部長様ですか!」
「そうよ。でもね、刑事部長に《様》なんて、つけなくていいわ」
「はっ、失礼致しました!」
シベリア刑事部長は、長身の穂波にこそ及ばないけれど、成人女性の平均身長よりずっと高く、ヤマネ刑事よりも十センチ近く上回っている。そんな凛とする姿を目の当たりにした穂波は、彼女に対し、「クール美女」という印象を抱く。
ここにヤマネ刑事が口を挟む。
「私の方からも、お詫び申し上げます」
「あら、どうして?」
「部下の不手際は、私の落ち度でもございますから」
「大袈裟なこと。うふふ」
優しく微笑むシベリア刑事部長である。
ヤマネ刑事が少なからず緊張した面持ちで、言葉を重ねる。
「申し遅れました。私は、刑事部捜査第一課、厄介事捜査二係で主任を務めております、弥馬音響巡査部長でございます。そして、こちらが同じく捜査二係の係員、寿間穂波巡査です」
「どちらも知っているわ。さあ、中へ入って頂戴」
「はい。遠慮なく、そうさせて頂きたく存じます」
「寿間穂波巡査、入ります!」
シベリア刑事部長は、「こちらにきて」と二人を誘い、革張りの豪華なチェアに腰を下ろす。
ヤマネ刑事と穂波が、デスクの正面に横並びで立つ。
「早速だけれど、これを見て」
シベリア刑事部長が、半分に折り畳んだ白い封筒を差し出す。
「謹んで拝見させて頂きます」
「あなた、お堅いわね?」
「しばしば、そのように表現されております……」
「あたし、お堅い男性って結構好きなの」
「恐悦至極に存じます。この上もなく名誉なことです」
ヤマネ刑事は、嬉しそうな表情で頭を下げた。