踊れる麗しき最高知能
穂波たちが、隣り合うデスクに並んで、ティーカップを手に取り、シベリア刑事部長から送られてきたメールについて、話を続けている。
刑事部長というのは、役職の一つで刑事部のトップということ。階級は、県警本部だと上から二つ目の警視長で、一番下の巡査より六つも高くに位置する。
「でもどうして、自分のような下っ端を、お呼びなのでしょうか?」
「用件が書かれていませんから、どのようなことか、私にも分かりません」
「そうですね」
「あと一点、私は《下っ端》などという言葉を好みません。代わりに、《自分のような立場にある者》と表現する方がよいですよ」
「はい! 今後は気をつけます!」
「ほほほ、よろしい! 実によい返事ですよ、スマホ刑事」
「おそれ入ります……」
穂波は軽く頭を下げた。そして話を続ける。
「一体どのようなお方なのでしょうか?」
「異動になって一週間のスマホ刑事は、知らなくても仕方ありませんね。せっかくの機会ですから、私から、シベリア刑事部長のことを話しておきましょう」
「はい、是非お願いします!」
目を輝かせる穂波である。
一方、ヤマネ刑事が、手に持っていたティーカップを静かに置く。
「シベリア刑事部長は、三十四歳でありながら、刑事部のトップにおられる極めて優秀な警察官僚なのです。ここ神奈川県警察本部の北東の端から南西の端、隅から隅に至る各所において、《踊れる麗しき最高知能》という異名が轟いています」
日本舞踊が得意で美しい容姿、しかもスーパーコンピューターを凌ぐ研ぎ澄まされた頭脳を持つ、非の打ちどころがない女性像を頭に思い描き、穂波は、思わず感嘆の声を発する。
「へえぇー、凄いですねえ!!」
「はい。年齢性別に関係なく、どなたからも敬愛されていらっしゃるのです」
「自分の崇拝するマゴリ先輩も、本当に凄いお方と思って疑いませんけれど、シベリア刑事部長さんも、マゴリ先輩に匹敵するどころか、もっと上に位置するお方なのだと、つくづく思わざるを得ません!」
「その点については同感ですよ。しかし、一点よろしいでしょうか」
「はい?」
「刑事部長に《さん》をつける必要はありません」
「あ、はい。了解しました……」
穂波は、異動してきた日にも、同じように注意されたことを思い出す。