偉いお方からの呼び出し
今朝もまた厄介事捜査室に、颯爽と、背の高い女性が現れる。
「おはよーございまーす! 捜査二係係員、寿間穂波巡査、入ります!」
神奈川県警察本部、刑事部捜査第一課に穂波が異動してきて一週間、厄介事捜査室での一日は、この気合いに満ちた挨拶で始まるようになってしまった。
時刻は七時三十分を過ぎたところで、室内の捜査員はまだ少ない。
穂波に与えられたデスクの隣りに、小柄な男性がチェアに腰掛けており、少なからず険しい表情をして、小さいサイズのノートパソコンを睨んでいる。厄介事捜査二係、主任の弥馬音響巡査部長、二十八歳である。珍しいことに今朝は、入室してきた穂波に気づいていない。
「ヤマネ主任、どうかされましたか?」
「おおぉ! あろうことか、この私が、背後に隙を作っていました」
「あ、その、ご熱心にお仕事なさっているお姿、とっても素敵だと思います」
「それは、どうもありがとう……」
ヤマネ刑事は、少しばかり頬を染め、軽く頭を下げた。そして、左手の人差し指と中指を使い、銀縁メガネを望ましい位置へ戻す。
それが彼の癖の一つということを、穂波は一週間のうちに知り得た。
「あのうヤマネ主任、あんなに真剣な面持ちをして、一体なにをご覧になっていたのですか?」
「このメールですよ。シベリア刑事部長から頂きました」
「え、刑事部長さんからって、どういう内容ですか?」
ノートパソコンの液晶パネルを覗き込む穂波に、ヤマネ刑事が注意する。
「スマホ刑事、一点よろしいでしょうか」
「はい?」
「お顔が近いですよ」
「おっと、たいへん失礼しました!」
穂波が、初めて薄くチークを入れてきた顔面を遠ざける。
一方のヤマネ刑事は、いつもの落ち着いた口調で話す。
「シベリア刑事部長は、《今日の午前九時二十一分に、スマホ刑事と刑事部長室までくるように》と、ご指示を私に送って下さいました」
「えええーっ!? そんなに偉いお方からの呼び出しですか!!」
神奈川県警察本部で刑事部長を務めているのは、頭脳派キャリアの師部理亜警視長で、巡査の穂波よりずっと上の立場だから、驚くのも無理はない。
「スマホ刑事、もう一点よろしいでしょうか」
「は、はい、どうぞ!」
「驚くのは一向に構いません。しかし、大声を出さない程度にして下さい」
「はっ、了解です!」
「座ったらどうですか」
「は、はい!」
立ちっ放しだった穂波が、取りあえずチェアに腰を下ろす。
ヤマネ刑事は胸の内で、「ここは落ち着きが大切ですね」とつぶやき、熱い紅茶を淹れることにした。