交差点で出会いたい
「ありがとうございました」
私は借りていた不思議の国と鏡の国のアリスの本を砂川先輩に返した。
テストが終わって勉強に集中しなくてよくなったので、こうして貸し借りをしている。
「面白かったか?」
「はい。私、お茶会とチェスの夢見たことあります」
それらに先輩が出てきたことは伏せる。
「そうか。僕もその二つの夢を見たことがある」
「そうなんですね」
「ああ。そ、そんなことより小花さんはどんな物語が好きなんだ?」
先輩は眼鏡をくいっと上げ、不自然に話を変えた。
「ラブコメです」
「なるほど。具体的にはどんな内容なんだ?」
「本屋で同じ本を取ろうとして手がぶつかる的な」
「いわゆるベタってやつか」
「はい。あとは遅刻気味でパンを加えながら走っての登校中に、交差点の角で男の人と正面衝突しちゃって、どこ見てんのよ、とか一悶着あって、やっとこさ登校したらさっきの男の人が転入生だったとか。あー交差点で素敵な出会いとか良いですよね」
私は運命の人と交差点で出会うのだと秘かに思い込んでいる。
ってやばい、早口だったかも。好きなことになると早口になる癖がある。
「面白いのか? それ?」
先輩は早口を気になっていない様子。
「もちろん」
「疑問点が多すぎる。まずパンを加えながらでは朝の歯磨きができない。その子は学校でしているのかな? そして同じ学校の生徒であれば進む方向が同じだから正面衝突はありえない」
「ちょっとやめてください。私のロマンスを返してください」
ド正論で困る。そういうのはいらない。
「奪ったつもりはない」
「木っ端微塵にされた気分です」
「まあでも小花さんが好きだと言うならそういう話も読んでみたい。今度貸してくれないか?」
「なんか貸しにくいなぁ。ってか先輩は次どんなのをおすすめしてくれるのですか?」
「うーん。そうだな。なにかイメージでいいからこんなのが読みたいというのはないか?」
私の読みたい話かぁ……。
「あ、先輩が小説だったら面白いかも」
「僕が? 自分で言うのもあれだけれど、僕みたいに真面目で起伏のない人生をただ淡々と過ごしている人間なんて、小説になったところで面白くもないだろう。もし読者がいるなら、そいつは相当おかしなやつだ」
そう言うと先輩は「ふんっ」と鼻で笑い、「次は何がいいかな」と言いながらおすすめの本をスマホで検索し始めた。
「いや、先輩は面白いですし、もし仮に読者がいたら失礼ですよ……」
先輩に聞こえないように私は呟いた。