かき氷はいかが
ボクは銅貨を3枚握りしめ、急いで駆けて行ったんだ。カーニバルってほどじゃない、ちっちゃい村のお祭りだから。もう夕方なのに、まだ暑い。入道雲が茜色に染まる。
ずっと楽しみにしてたんだ。年に一度しか無いんだよ。お祭りでしか食べられないんだ。
こんもりできた氷のお山。薄く薄く削ってふんわり重ねてまあるくなるんだ。
てっぺんには不思議な色の弾けるシロップをかけてくれるんだよ。
かき氷って言うんだって。
お祭り屋台のかき氷売りのおじさんは、遠い国から来るらしい。大陸中のお祭りで、夏も冬もかき氷を売っているんだ。
雪の中の屋台で食べるかき氷はどんなだろう。あったかいセーターに分厚いコート、かっちり編んだママの手袋。走ってきたらきっと汗をかいちゃうから、かき氷はやっぱり美味しいに違いない。
あっ、お祭りがみえてきた。
うちは丘の中腹だから、麓の村に住む子たちより出遅れちゃうんだ。
かき氷は銅貨2つだよ。あとの1つで弟に何かお土産を買ってあげよう。なにがいいかな。
「値上がりしてるといけないからね」
ママは余分に渡してくれた。
「余ったら飴でも買ったらいいよ」
パパのおすすめは魔法の飴だ。平べったい三角の飴が、話しかけるとお話を見せてくれるのさ。パパの小さい頃からあるんだって。
お話はとっても短いんだけど、ひとつひとつ違うんだ。
そんな素敵な飴がたったの銅貨1枚さ。
村の子達が2人3人と連れ立って、いろんな屋台に並んでいるよ。大きな赤い歌うお花のついた帽子は女の子達に人気だ。
水を入れて打つとツバメやヒバリの形になってくるくる飛び回る鉄砲もある。
綿菓子屋台は大人も好きみたい。お兄さんとお姉さんが半分こしている。気をつけて食べないと綿菓子のかけらは飛んでいってしまうんだよ。それを面白がって、ちぎったかけらをお互いの口に放り込もうとしてるんだ。
食べ物で遊んじゃいけないんだよ。こまった大人だなあ。
やっとかき氷の屋台についた。
良かった、まだ売り切れてない。
ん?今年は人気ないな。
あれ?いつものおじさんじゃないぞ。買った子がふくれてる。氷がぺちゃんこだ。シロップも弾けてないなあ。これじゃ売れないよ。
なんだかしょぼくれたお兄さんが、しょざいなげに立っている。
「こんにちは」
まずそうだけど、一応は声をかけてみた。
「やあ、いらっしゃい」
陰気な声でお兄さんが答える。
「いつものおじさんは?」
「俺が跡を継いだのさ」
「ふうん」
「買うのかい?ひとつ銅貨1枚だよ」
「安くなったの?」
「シロップの魔法がまだちょっとしか使えないからね」
あの弾けるのは魔法だったのか。
パチパチと火花みたいで綺麗なんだ。
「どんな魔法が使えるの?」
「買うならみられるよ」
「わからないのは買わない」
他の子のは、ぺちゃんこのかき氷にはちみつがかけてあるだけだった。
「どんなのがいいんだい?」
「弾けるのがいい。綺麗な色の」
お兄さんは暗ぁく笑って、はちみつの入った瓶を軽く振った。
「どんな色がいいんだい?」
「うーん、掴めないやつ、できる?」
「掴めないやつ?」
「どんどん変わって、何色かわからないの」
「それは難しいかなあ」
「じゃあ、おすすめのでいい」
「はいよ。銅貨1枚だよ」
ボクはあんまり期待しないで、銅貨を1枚お兄さんに渡したよ。
お兄さんは氷を削る機械を不器用に回して、ぺちゃんこのお山を作った。それから、はちみつを変な形の木で出来た棒ですくう。
普通のはちみつ棒でもお匙でもないよ。ぐねぐね曲がって、ところどころに輪っかができてる。
その棒はおじさんも使ってた。きっとこれが魔法の杖に違いない。
そう思って、ボクはじっと見つめた。魔法が出てくる瞬間を見逃さないようにね。
「どうぞ」
「わああ」
お兄さんのかき氷は、ぺちゃんこなんだけど、ちゃんと色の変わるシロップがかかっていた。さっきの子は魔法が切れてしまったのかな。きっとまだ、おじさんみたいに長く光る魔法は使えないんだ。
パチパチ弾ける不思議なシロップに変わったはちみつは、おじさんのみたいにしゅるしゅる色を変えることはなかったけれど、ちゃんと色んな色になる。ゆっくりだけど次々と変わる。
「綺麗だねえ。ありがとう」
ボクがお礼を言うとお兄さんは、やっぱり陰気な笑顔を見せて、暗い声で言ったんだ。
「君が魔法を使ったんだよ」
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