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ハルサが左腕を振って私たちに笑いかける。握られた右腕が棒きれのように振れた。右手の指はしなだれたまま力を失っている。
「ハルサ……腕……」
死なない私たちからすれば大した傷ではない。傷自体の脅威よりそんなケガを負うだけのなにかが存在することが脅威ではあった。それでも私は神を象取ったというヒトガタが失われたことのほうに衝撃を受けていた。
「なんだ、どうした」
後ろからナツヤとアキハが駆けてきた。やあ、と掲げられたハルサの左手に握られたままの右腕を見て、ふたりは顔を見合わせる。
「おまえなあ」
「また、どっかで悪ふざけしてきたんでしょう」
もともと血色のない白い肌を青くまでした私がバカみたいに、ふたりは呆れた声を出す。ふたりの様子にハルサが楽しそうに笑い声を上げる。
工房の修繕室で腕をつなぎながらハルサが言った。
「いや、ニンゲンが刀持って追ってきてね。さすがに腕に当たってケガしないのも変だから、切り離した」
どうやらケガ自体は脅威あってのものではないらしい。
「ってなあ、おまえ。ふつう、人間は俺たち見えないだろう。なにかしてたのか?」
「それとも、能力者でも?」
アキハが少し心配そうな声でそう言った。
「いやあ、ニンゲンの世界で遊んでたんだよお。大丈夫、神をいけ好かないって不届きものも、そんな力、手に入れちゃいないよ」
ハルサがあっけらかんと言った。少しばかりの心配さえ無下にされたアキハがまったく、という風に首を振ってハルサを睨めつける。
「そんな余計なことをして。その脳天気もこの修繕室で直して貰ったほうがいいんじゃない?」
アキハの毒舌なんていつものことだけれど、さすがにハルサは気まずそうだった。あー、と引き伸ばすハルサの小さな声が部屋に響いていたところ、やりとりを見ていたナツヤが場を割るように豪快に笑った。
「いや、困ったことが起こってないなら、問題ないさ。ハルサのお気楽さも神の与えたギフトだ。きっと必要なことに違いない。ふつう我々が傷を負うならもっといびつな断面になるだろうと思ってたんだ。あんまりきれいに切れてるから、ちょっとは心配してたんだが、まあそれも無用のようだな」
「ナツヤはオオモノだなあ。脳筋とも言う」
取りなしたナツヤに放たれたアキハの毒舌だったけれど、存外楽しそうにナツヤはまた大声で笑った。
「まあ、直したらゆっくり休め。お役目、ご苦労だったな」
「ゆっくり休むついでに自問の時間を取って自省することを勧めるよ」
扉を開けたナツヤの言葉にアキハが付け足して、ふたりは出て行った。私はまだつながり切っていないきれいな腕の切り口を見直して、嘆息した。