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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

噛ませキャラの殺す理由

作者: 若元彌々

 紫煙の匂いが鼻につく。


 月明りの元、門の柱にもたれ掛かり座り込んだ黒髪の男。皺の入った眉間、獣のような鋭い眼光を持ち、安物の紙タバコを咥える口は不機嫌気に曲がっていた。

 大柄な男の傍には灰皿と酒が置かれ、山になった吸い殻から長時間いたことがうかがえる。


 男、マハトはタバコからのぼる煙をぼんやりと眺め、気まぐれに麦酒を煽るということを繰り返しながら己の半生を振り返る。


 貧しい農村。税に苦労しながら昼は畑仕事、夜は鍛練の日々を過ごしていた。


 苦しい生活ではあったが、苦しい中にも確かに幸せはあった。


 俺にはもったいない程よくできた嫁を迎えることが出来た。幼馴染の勝気な女だったが、村一番の美人で一本筋の通った強い女だ。子供の頃からの知り合いだったが、何か悪さをするたびにぶん殴って説教するような鬱陶しい奴だ。

 まさか、結婚するとは思わなかった。何しろ思春期を超えた辺りからは碌に口を利かず、俺は俺で両親を流行り病で亡くしてからは兄弟を食わせるのに手一杯になっていたからだ。


 近所のアイツが弟達のメシを用意してくれていたのは知っていたが、畑から戻るころには帰っており、顔を合わせるのは精々週に1度。それも挨拶を交わす程度に過ぎなかった。昔馴染の情けからの手伝いとしか思っていなかった当時の俺をぶん殴りたい。どんな善人だってそこまでしない。


 アイツはガキだった頃から俺を好いてくれていた。理由は最後の時になっても聞けなかった。大方、それなりに苦労していた俺に対する同情心からか、はたまた腕っぷしの強さか。


 そんな女を嫁にした以上、俺のような苦労を味わわせたくなかった。


 幸い、弟達も一端の男に育った。母親代わりに育ててもらったこともあって嫁にも良く懐いており、家を任せるには十分だった。


 俺は家族と結婚したばかりの嫁を故郷に残し、都へと向かった。


 都では急速に力を付けた貴族によってそれまでの規律が乱れ、新興勢力の台頭による武装強盗、現体制への反対運動が激化していた。

 これを重く捉えた王家は、地方の武芸自慢を招集することでいつでも見限れる独立部隊の組織を発案。

 大した学を持たない、腕っぷしだけの男達が都に集められ、日夜反乱分子の取り締まりが行われた。


 安くはない金に雇われて以降、都の治安維持という名目で命令されれば誰だろうが殺した。

 敵対貴族の縁者、金銭を都合する商人、情報人。国家安寧のために、現王政に反乱の兆しがあるものは一切の区別なく斬り捨てた。

 人殺しに慣れる事はなかったが、故郷の家族のことを思えば国を守る己の仕事にも意味があるのだと割り切ることが出来た。


 定期的に送るアイツからの手紙を読めば、金銭に苦労することもなく健やかに過ごせていることや畑の豊作が伺え、郷愁の思いが湧き上がるも、数年の辛抱と己に言い聞かせた。

 都の治安が落ち着けば、故郷に帰り夫婦としての平凡な生活が送れるだろうし、子を成し泥に汚れる日々に戻れると思っていた。


 そんな思いは、反乱軍の台頭によって砕け散った。


 現王政打倒を訴えた多数の貴族によって情勢は一気に悪化。それまで無関心だった多くの民衆も新たな思想、民主主義に影響され多くの人間が王を討ち取らんと決起した。


 俺達は王を守らんと、それまで守ってきたハズの民衆相手に戦った。

 しかし、所詮は多勢に無勢。

 多数の離反者を王都の守備兵と治安維持部隊でしかなかった俺達では太刀打ちできるハズもなく、王宮は陥落し、王家は斬首の憂き目にあった。


 その後、仲間たちは各々の目的のために別れた。俺の様に故郷へ戻る者もいれば、都に残り王無き後も戦いを選んだ者もいた。

 しかし、最終的にはほぼ全員が再び都に集い、死に場所を求める戦いに殉じた。

 その後は…



―――思い出に浸るのはここまでか



 月明かりが雲によって遮られる。遠くの方からランタンの光と共に数人の男女の歓談の声が耳に付くと、口に咥えていたタバコを吐き捨てる。

 傍に立て掛けておいた愛刀の両刃剣を杖替わりに立ち上がると、光の方へ足を進める。

 敷き詰められた王都の石畳みの上。あの男はのんきに女を侍らせ歩いていた。


 「王宮と貴方の通う店の通りで待てば、お会いできると思っていました」


 前方にランタンを持った護衛が一人。男の両脇に縋りつく女が二人。

 護衛の男は知らないが、女の方は反乱で幹部を務めた家の娘のハズだ。


 進路を遮る様に現れた俺に対し、護衛の男はランタンを投げ捨てると腰に提げた剣を抜く。

 よく見慣れた、兵士に支給されるサーベルが燃え広がったランタンの炎によって鈍く光る。

 男は主を守らんとこちらに斬りかかろうとしたが、女を離したあの男が肩に手を置き制止する。


 「黒染軍装に軍帽には鴉のエンブレム。鴉部隊の生き残りですか?いい加減、新しい時代を受け入れたらどうです?」


 線の細い優男。この男が王政を打破し、新たな時代を築いた男とは誰も思わない。新たな農法、技術、事業を数多く成功させ、国家予算に匹敵する利益を叩き出すに留まらず、隣国との強いパイプを持つ国一番の知恵者。


 「生憎、不器用な男でして。アーヴェル伯爵家次期当主、ランス・アーヴェル殿」


――私怨にて、お命頂戴つかまつる


 鞘から刀身を引き抜き捨てると同時に突撃。

 ランスとの距離を詰めに行くが、相手もその気の様だ。


 護衛の男を後ろに下がらせ、サーベルに酷似した奇妙な湾刀に手を乗せると姿勢を低くし飛び出した。


 肩に担ぐ様に構えた刀身を力の限り振り下ろすのに合わせ、あちらも刀身を抜く。

 二つの銀の軌道が交差し、鈍い金属音と火花を起こし、両者を吹き飛ばす。


 「チッ!」


 衝撃によって数十cm吹き飛ばされた態勢を立て直す。互いにまだ攻撃範囲内なため、距離を開けさせない。威力半減覚悟で、跳ね上げられた刀身を無理やり戻し、ランスの刃へと叩き付け鍔迫り合いへ持ち込ませる。


 しかし、そこまで。碌に鍛えていないであろうランスの細腕は、長年の鍛練を積んだマハトの剛腕に匹敵する力を持っていた。


 「理解出来ませんね。なぜ、新しい世を嫌うのですか?私は秩序ある世界を作ったのですよ」


 剣越しに覗く顔は相変わらずの覇気のないもの。そのような状態で何を言われようと、火に油を注ぐ行為に過ぎない。


 「秩序だと!陛下を弑逆し、民衆を唆したお前が秩序を語るか!」


 「ええ。特権階級を廃止し、知識ある役人と法によって統治される新しい世界。汚職も不正も差別もない。それの何が不満なんですか?」


 「国を乱しておきながら何をほざくか!」


 力ずくで剣を押し込む。ギリギリと軋む金属音をたてる刃をさらに一歩、踏み込みに合わせ強引に振り抜く。腕力にプラスして体重を乗せることで拮抗を崩すが、その力を利用され後方へと距離を開けられてしまう。


 「何が役人と法による統治だ。それまでの秩序を乱した反乱分子が、偉そうに語るな!」


 「そんなことに怒っているのですか?くだらない。旧体制を打倒するのは、改革の習いでしょう。大体、貴方達は元々民間人の集まりに過ぎないハズ。なぜ、血の絶えた王族に恭順するのか理解に苦しみます」


 構えを解き、得物をだらりと下げたランス。

 もはや戦う気も失せたとでも言いたげに肩を竦める。


 「鴉部隊はその多くが思想も信条も持たない地方市民。他の貴族中心の部隊とは違い、汚れ仕事を押し付けられた憐れな集団ではありませんか。他部隊が寝返る中、唯一王家に組みし続けたのも疑問ですが、天下太平の世を迎えたのですから大人しく地元へ帰るのが当然なのでは?」


 ――地元へ帰れだと


 ランスの言葉は、マハトの逆鱗に触れた。

 それまでとは違う。怒りの度合いが違う。


 「…貴様が言うのか。俺達から全てを奪った貴様が」


 熱が血流に乗り全身に沁みる。握り込んだ柄に巻いた布からギチギチという悲鳴が上がる程に握りしめる。目が血走りそのまま火が出そうだ。


 マハトは冷静さを完全に失っていた。戦士としての基本であるハズの闘争心を律することを完全に放棄し、己の怒気を隠そうともしていない。


 「貴様の唱えた自由によって何が起きたと思う!絶対的な楔を失った民衆が何を行ったのかを貴様は理解しているのか!」


 敗戦後、多くの生き残りは故郷へと戻った。しかし、一月もすれば皆王都へと戻り、私怨での復讐という形で現政府に対してのテロ活動を実行し始めた。かつてのような統制はなく、互いに己の我を通すための単独行動を繰り返す鴉部隊は多数の死者を出し続けた。


 政変のどさくさに紛れて略奪者に故郷を焼かれた者。王政支持者だからと村八分にされた者。留守の間に婚約者の裏切りにあった者。そしてマハトの様に新政府の樹立後、処罰の可能性に怯えた村人によって親族を私刑された者。


 皆、一様に死にたがっていた。生きる理由を奪われた。

 誰も王だの国などの為に戦ってはいなかった。

 家族を養うために、平和の維持によって安心させるために戦った。


 「何を言い出すかと思えば。怒りに燃えた民衆からの吊し上げを受けたのでしょう?貴方達は、命令を受けていたとは言え、多くの民間人を独善な法で裁いたのです。同じ様に、法に裁かれる時が来たに過ぎませんよ」


 「貴様ァ!!!」


 怒りをそのまま浴びせるかの如く襲い掛かるマハト。

 刀身を水平にし振り抜こうとした刹那。


 「もう、白けました」


 空を切る音。

 ヒュウという軽い音がやけに大きく響いた。

 

 虫でも払うかのように、下から軽く振り上げられた刃はいとも簡単にマハトの前腕を骨ごと両断。

 持ち主を失くした腕は剣ごと石畳に落下し、ベチャリと生々しく張り付き、あれ程強く握りしめられた両手剣は呆気なく地面に転がった。


 マハトは気づかない。

 怒り故か、鋭すぎる切れ味故か。

 失くした両腕を渾身の力で振る。血の剣筋はランスの首を切り裂くも所詮はただの血。驚きこそすれ、何の価値もない。


 マハトは体の制御が効かず不様に転がる。うつ伏せに倒れた体を何とかして立ち上がろうにも、失くした腕では上手くいかず、傷口から流れ出した血だまりに顔を突っ込みながら首の力でどうにか膝立ちで上半身を起こす。

 既に大量の血が流れだし青白く変色し始めた首筋に、鈍い鋼色が追加された。


 「それなりの数斬って来た中で、初めてですよ。私に一太刀浴びせる可能性があった人物なんて。だから恩情です。その首、つながったままにしておきます」


 スッと引き切られた首から大量の血が噴き出し、糸の切れた人形の様に再びマハトは己の血に沈む。

 だらしなく半開きになった口がかすかに震え、瞳が濁る。

 もがく様に体を痙攣させる姿は不気味そのものだ。


 立ち上がろうとしていた。


 戦士としての命を、家庭人としての命を同じ男に奪われ、さらには生物としての命までも奪われようとされているのをただ待つことは出来なかった。

 だから、己の生にしがみ付く。何もかもを失いながら、唯一の持ち物である生にしがみ付く。

 

 しかし、無情にも体から力が抜け落ちる。視界が、体が、魂が、何かに蝕まれる。

 

 「(まだ…。…まだ、死ねない。……アイツは…俺の家族は…)」


 ここで死ねば、俺は何のために生まれた。


 家族も惚れた女も守れず、挙句に仇討ち仕掛けて返り討ちだと。


 まだ、戦える。戦わせろ。


 ただでは死ねない。


 死ねないんだ…





 翌日。

 両腕のない男が衣類を剥がされ、磔によって晒された。

 立て札の罪状には旧王家過激派残党として処罰されたことが書かれてはいるが、氏名は分からず、所属も不明とされていた。よって、男の遺体は無縁者として郊外の集団墓地に埋葬される。

 周囲の人間は薄気味悪がるか当然の報いだとでも言いたげに睨みつける中、人混みに紛れたフード姿の男達は胸の前で十字を切るとそそくさと裏路地へと消えていく。

 フードから覗いた帽子には、今まさに男の死肉を啄んでいるのと同じ、鴉が羽を広げていた。


正直最後は「天国で家族と幸せに」という描写を入れようかとも思いましたが、噛ませキャラには尊厳踏みにじるようなバットエンドが必要という考えからカットしました。

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