第97話 準備
一度『魔物の沼』から出てきた魔物はそのまま存在しているが、新たに魔物が『魔物の沼』から生まれてこない。大物が出るとそういう状態になるらしい。
この辺りにいた魔物はすでに討伐されたか、移動したか、そのおかげでほとんど魔物と出くわさないまま悪魔の正面の陸地まで移動できた。
正面から見ると更に大きく見える。まだ遠いが、身体の大きさは人間の五倍くらいありそうだ。
「……来たのか」
「サイラス先生」
ここには冒険者の姿が幾人か見えるが、数はそう多く感じない。
その中にサイラス先生の姿もあり、向こうもこちらに気がついた。
サイラス先生は私を見て眉を寄せたが、すぐに頭を振って真剣な表情に変わった。
弟子であり親友の子供である私をここから逃がそうと思ったのかもしれない。
でも、ここにいる以上私は冒険者だ。戦えるのに逃げるわけにはいかない。
心配してくれているのであろうサイラス先生には悪いけど、受け入れてもらおう。
どうやら冒険者はみんなここに集まっているというジャクソンさんの予想は当たったようだ。
ジャクソンさんたちが離れていき、サイラス先生が寄ってくる。
「何人いるの?」
「お前さんたち含めて二十一人だな」
周りを見回していたエルシーナの疑問に、サイラス先生が答える。
二十一人、たったそれだけでアレと戦うのか。
「少ないな」
そう呟いたセレニアも、同じことを思ったのだろう。
この人数では心もとないけど、これから人が増えることはあるのだろうか。
「おそらくこれ以上は集まらないだろうな。Cランクの冒険者でさえもほとんど逃げ出したようだ」
サイラス先生の言葉に思わず生唾を飲み込んだ。
中堅クラスの冒険者でも逃げ出すほどの恐ろしさを感じる魔物と、今から戦わなければならないんだ。
ここにいるのは、高ランク冒険者たちが十二人、残りがCランクの冒険者だそうだ。
Dランクの冒険者はもしかしたら私だけかもしれない。
「一応聞くが、ここに来たということは参戦してくれるということでいいんだな」
「手が足りるのならば逃げる予定だったがな」
サイラス先生の問いにセレニアが皮肉めいた物言いをする。
私たちがいても不安な人数だ。参戦するしかない。
不安と緊張と恐怖で胸が苦しい。
「助かる。それで、お前さんたち何ができる?」
剣とか、身体強化とか、回復魔法とか、四属性魔法だとか……それぞれの得意なことをサイラス先生に教えていく。
ある程度戦い方を把握しておいて、それを基に作戦を練るのかな。
こんな大人数で一匹の魔物と戦うなんて初めてだ。作戦を練ってくれるのならありがたいな。
だとすると、私のコレも話しておいた方がいいか。
「私、障壁魔法が使えます」
エルフ三人とサイラス先生が驚く。そうよね、言ってなかったもんね。
惚けた状態からいち早く復活したセレニアが、微かに眉を寄せながら厳しめな声で話す。
「初耳だな」
「ごめん。でも言えないよ。これで適性いくつめだと思ってるの」
すでに四属性と身体強化まで使えることは知られている。さらに光属性まで使えるなんて言えない。
セレニアも一瞬の思案の後、私の言葉に納得したようだった。
「……ここに来てから使った魔法は?」
「えっと、火と水と身体強化だけですね」
サイラス先生に聞かれて今までのことを思い出す。
魔物を燃やすのに火を使い、キャンプ地で水を使った。戦う時は身体強化だけだ。
人前で使ったのはこの三つだけのはず。
「その上光属性か……土と風は使わないようにしろ。いいな?」
「わかりました」
サイラス先生から見ても、隠した方がいいと思うくらいにはあり得ないことなんだろう。
これで全属性使えるなんて言ったらどんな反応するだろうか。さすがに言わないけど。
「何回使える?」
「結構頑丈な杖なので、かなりの魔力を込めても大丈夫ですけど、燃費は悪いのでそう何度も使えません」
「わかった」
そういってサイラス先生が離れていく。
ジャクソンさんたちと、他にも強そうな装備を身に着けた冒険者たちが集まっているのが見える。
どうやらあの人たちが高ランク冒険者のようで、作戦会議をしているみたいだ。
「リアは光も使えるの?」
「うん、ごめんね。言わなくて」
エルシーナに聞かれて素直に頷き、改めて謝罪する。
内緒にしていたというのは、この三人を信用していなかったと言っているようなものだ。
気分のいいものではないだろう。
「いや、リアの懸念は至極当然のことだ。そこまでの才能をひけらかすのは危険だ」
「回復魔法を使えるだけで目立ちますからね。この先もあまり言わない方がいいと思います」
「ありがとう。そうするよ」
それでもまだ、私が隠していることは多い。
この三人のことを信用はしているんだけどね。いつか話せる日も来るだろうか。
今は話せないんだ。ごめんよ。
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