第96話 終わらない戦い
中央大陸に来てからすでに三カ月を過ぎたころ、事態は急変した。
いつものように『魔物の海』が目視できるほどの距離で魔物を狩っていたときのこと。
突然『海』から魔物が消えた。
「え……? 何? 何が起きたの?」
今まで絶えず黒い沼から無数の魔物が生成され、陸地に向かって歩いてきていた。お祭りの人混み並みの多さだった。
しかし今は、目の前の魔物を斬り伏せ、次の魔物を見据えようとした時には何もいなくなっていた。
「これは……まさか!」
セレニアが焦ったような声を出す。え、どういうこと?
周りもざわざわと慌てている。
一瞬、お仕事終わったのかな? なんて楽観的な思考が浮き出たけど、周りの反応を見る感じそんなことはなさそう。
「下位冒険者その他各位に避難指示を出せ! 大物が来る!!」
それほど遠くない位置で高ランクだと思われる冒険者が叫ぶ。大物って……?
「ど、どういうこと?」
「『沼』の活性化には二通りあると言ったな? 魔物が『沼』から消えるのは、強力な魔物が現れる前兆だ」
疑問にセレニアが答えてくれる。
確か活性化は、強力な魔物が現れるか、魔物が大量発生するかのどちらかだと言っていたなぁ。
周りにいる冒険者たちも事態の深刻さを理解したようで、慌てるような声が聞こえてくる。
でも、そんな。
「魔物の増加と強力な魔物の出現って同時に起こるものなの?」
「いや、前例がない。まずいな、戦力が分散してしまっている」
通常なら大物が現れたときは部隊の編制やら何やら、事前準備をしっかりしてから挑むらしいのだけど、この状態ではそれができそうにない。
「大物は『沼』の真ん中に現れることが多いんですよね。そちらに移動した方がいいかもしれません」
「待って、参戦するの? 高ランクに任せた方がいいんじゃない?」
クラリッサの意見にエルシーナが反論する。
確かにSランクはおらずとも、Bランク以上の冒険者はいるんだ、任せた方がいいのかもしれない。
「そんなにすぐに現れるの? 一度全員撤退した方がいいんじゃない?」
「確かに、その方が他の冒険者と作戦を練れるかも……」
――ぞくり
「……来た、ね」
「なんだあれは……!」
危機察知に反応してすぐにそちらを見たが、すでにそこにはいた。
大きな角に筋肉のついたがっちりした漆黒の体躯、蝙蝠のような大きな羽。今まで見たどの魔物よりも恐ろしさを感じる存在。
「悪魔……」
まさに悪魔のような風体をした大きな魔物が『魔物の海』の中心に現れた。
未だに『魔物の海』の真ん中に佇んだままの悪魔を置いて、これからの行動を話し合う。
しばらく全員で惚けてしまっていたけど、どうやらアレは今のところ動く様子がないので、少し冷静になれた。
「どうする?」
「まだ動きが無い。今のうちに移動をしなければ」
「どこに行くのよ。あんなの相手じゃどこにいても殺される気しかしないよ」
見た目も雰囲気も強すぎる。
あの悪魔のせいで危機察知がヤバいくらい反応している。
あれ以外の何かに襲われそうになっても気が付けないかもしれない。
「おそらく今キャンプ地は混乱した人々で溢れかえっているはずだ。残っているのはアレを前にしても平気でいられる奴らだけだ」
確かに今この場にいる冒険者は先ほどまでとは比べようがないほどわずかだ。
避難指示を出していた高ランク冒険者らしき人達の姿はある。
「逃げても戦っても……って感じがするけど、結局はどっちがいいかってことだよね」
「生存確率はどちらもたいして変わらないな」
自分で戦って勝ち取る方がいいか、それとも他の冒険者に任せて逃げるか。
どちらにせよ、誰かがアレを倒せなければ死ぬだろうけど。
「私は戦う方がいいかな。街中でアレに四人で立ち向かうよりも、高ランク冒険者たちと力を合わせる方がマシな気がするし。高ランク冒険者だけでどうにかしてくれるならその方がいいけど」
今あれから逃げても、逃げた先であれに出会ったら……その場の戦力だけで倒せるかと言われるとね。
それならこの場に居るであろう高ランク冒険者たちと一緒に戦う方が良さそう。
「同感だな。私も戦う方を選ぼう。幸いまだ魔力には余裕がある」
「仕方ないね。それに高ランク冒険者たちに必要ないって言われたら逃げればいいし」
「確かにそうですね。回復だけの後方支援でもいないよりはマシでしょう」
満場一致であれと戦うということになった。会話が聞こえていたのか、先ほどの高ランク冒険者と思わしき人たちが寄って来た。
四人パーティのようで、リーダーと思われる男性が声をかけてきた。
「君たちもアレと戦うつもりか」
「逃げられるとは思えなくてな。向かう方がマシかと思ったんだ」
「ふ、確かにな」
どうやらこの人達も戦うみたいだ。まず、どこに向かえば他の冒険者と落ち合えるか、だけど……。
「あの魔物、キャンプ地の方を向いている。奴の正面に向かう方がいいだろう。他の冒険者もいるはずだ」
ジャクソンと名乗ったこの男性は、Aランク冒険者らしい。他三人も同様のようだ。
おそらくあの悪魔の正面に行けば、他の冒険者と落ち合えるはずだというけど……今更怖がっても仕方ないね。行きましょう。
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