第95話 隠し事は隠しておくから意味がある
戦場から帰り、四人しかいないテントの中でセレニアが話しかけてくる。
「リアはその腕のことを誰にも話していないのか」
「うん。知ってるのは……というか、見られたのは三人だけだよ」
基本的に、私はこの腕に刻まれた魔法のことを誰かに話すつもりはなかった。
だって、説明のしようがない。生まれる前から女神様に刻まれたなんて、誰が信じるというのか。
生まれが普通なのに身体だけが特殊なんて、目立って仕方がないだろう。誰にも話さないでいる方が安全だ。
「今更だが……いいのか、その、調べても」
「うーん……まあ、今更よね。それに、私自身もちゃんとこれについて知りたいし」
手伝ってくれるのはありがたい。それに、セレニアは信用できる。
ほいほいと言いふらすような人物じゃないと確信しているから、きっと大丈夫だろう。
そもそも、もう見られちゃったしねぇ。
「もしあまりにも危険なものだったら、一緒に死んでもらおうかな」
「熱烈なプロポーズだな。君の信頼を裏切らないように努力しよう」
私の嘘か本当かわからない物言いに、セレニアは穏やかな表情で受け止めた。
でも本当に危険すぎるものだったら……まあ、それは腕の分析が終わってから考えればいい。
万が一、その時が来たらこの腕もどうにかしないと。頭も脚も、世に残していいものかわからない。
念のために死ぬときは全身を燃やし尽くすなり、押し潰すなりしないといけないね。溶岩にでも飛び込むか。
困ったね。孤独死が約束されたようなものだ。元々そのつもりだったけど。
「二人も、私の腕のことは誰にも話さないでね」
何故かむくれて不機嫌なエルシーナと、それを見て苦笑いをしているクラリッサにもお願いをする。
いや、どうした?
「どうしたの」
「べつにー」
エルシーナにプイっとそっぽ向かれる。プンプンしてるけど、美人がやると可愛く見えちゃう。あんまり怖くないね。
私何か怒らせるようなことしたかなぁ。
あ、自分を粗末にするような発言をしたからかな? サイラス先生に無茶をするなと説教を受けたばかりなのに、今の言い方は良くなかったかもしれない。
でも冗談に聞こえたと思うんだけど、そうでもなかったのかな。あんまり気にしても仕方ないか。そのうち機嫌も良くなるでしょう。
こういうのはね、理由もわからず謝ると逆効果なんだよ。きっとそう。
「子供ですねぇ。とりあえず、秘密にするのには同意します」
「わたしだって話さないよ!」
「あ、ありがとう」
よくわかんないけど、内緒にはしててくれるそうだ。疑問もあるだろうに、何も聞かないでいてくれるのはありがたい。
私には悪意のある嘘は通じない。危機察知が反応するからだ。善意の嘘には気が付けないという欠点があるけど、それはまあいい。
この場合、嘘をついていないと判断していいだろう。元々この三人を疑う気はないので、そんな判断をする必要もないけどね。
でも今後のことを考えて、話してもいいことと、話せないことをキチンと整理しておこう。いざ聞かれたときにペラペラ話してしまっては意味がないからね。
私には他人に話せないような事情がたくさんあるから。
「リアさんとサイラスさんは師弟関係なんですね」
「うん。魔法を教えてもらったの」
クラリッサが私とサイラス先生の関係を聞いてくる。
懐かしいなぁ。最初に出会ってから何年経っただろう。
あの時は魔法がどんなものか全然知らなかった。この世界の魔法について教わって、新しい魔法や魔道具を作ってみたい、もっと知りたいって思ったんだよね。
きっと教えてくれたのがサイラス先生じゃなかったら、学校に行こうなんて思いつかなかったかもしれないし、そもそも学校のことを知ることもなかったかもしれない。
学校に通っていなければ、きっとエルフ三人にも出会うことは無かっただろう。
そう考えると、サイラス先生が私に与えた影響は途轍もなく大きいな。
久々の再開なのに説教とかされる事態になっちゃったけど、弟子は大いに成長しているのだと是非証明したいところだ。
ここは戦場だ。直接戦いを見せる機会はないかもしれないけど、ここで生き抜いていけばきっと成長していると感じてもらえるだろう。
「よし、頑張ろう!」
「張り切るのはいいけど、無茶はしないでね」
「今日の仕事は終わりましたから、後は休むだけですよ」
「そろそろ寝ないと次に響く。全員寝るぞ」
「はーい……」
せっかくやる気が湧いてきたのに……すでに一仕事してきた後だし、仕方ないか。
寝て起きたらまた戦場に向かうんだし、休むのも仕事だ。さっさと寝よう。
エルシーナは「セレニアばっかりズルい!」とか思ってる。




