第88話 行ったり来たり
「そういえば、Cランク以上の冒険者がいっぱいいるんだよね。高ランク冒険者もいるの?」
Cランク以上は強制参加って聞いてるし、Bランク以上ももちろんいるんだろう。Sランクとかいるのかな?
「Aまではいるよ。何度か見たことあるし。戦場が広いから滅多に会えないけど」
海に例えるほど大きな『魔物の沼』だ。冒険者はそれを囲うようにしながら魔物を討伐しないといけない。向こう岸の人の顔も見えないのは当然か。
「Sランクはいないの?」
「Sランクは滅多に会えませんから。国もギルドも居場所を把握していない場合が多いそうです。それに、今回の活性化は魔物の増加ですから、高ランクに頼るよりもたくさんの冒険者に依頼する方が確実です」
それもそうか。Sランクとはいえ、何万もの魔物を一度に屠る方法があるとは思えないし。
たぶん。どうなんだろう、この世界の最高ランクの実力って。それくらいできるのかな。いつかこの目で見てみたいな。
次の日、いよいよ『魔物の海』の近くまで行く。防具も武器も準備オッケーだ。いざ出陣!
「は、吐きそう」
「気持ちはわかるけど、吐くと体力消耗するから耐えて」
気合を入れて戦場まで来たけれど、すでに帰りたい。
瘴気が濃すぎる。もう瘴気が目に見えるもの。なんだこの紫色のモヤは! 鬱陶しい!
「すごいね、これに一年半耐えてたとか尊敬する」
「ワタシたちも最初はそんな感じでしたよ」
「あのときほどCランクであったことを恨んだことないよ」
「全くだ。よく今まで戦い続けたものだと思う」
三人ともうんざりしたように言うので、どうやらみんな通った道みたいだ。
ここで戦い続けるなら耐えなければ。
「今日は早めに撤退することになっているから、無理そうなら言うといい。私たちも早く帰れるから嬉しい」
「本音が漏れてるよ」
セレニアからこぼれた本音を聞きながら剣を構える。どうやら団体客がいるようだ。
ある程度区画分けがされており、そこで何人かの冒険者が戦っているので、その人たちと交代という形で入れ替わる。
団体で襲い掛かってくる魔物に対処している冒険者たちを、手助けしながら少しずつ場所を入れ替わっていく。
「すまん! 頼んだ!」
下がっていく冒険者たちに軽く返事をして目の前の魔物を斬る。完全に交代が済んだところで思いっ切りやらせてもらう。
馬車の護衛中もなかなかだったけど、ここにはもっとすごい数の魔物がいる。
確かにこんなの冒険者を強制徴収しないと対処しきれないだろう。活性化ってのはこんなに大変なんだ。
仲間から離れ過ぎないように気を付けながら魔物を倒す。これを数時間続けろと。想像以上にヤバいね。
数時間に及ぶ戦闘。言われていた通り魔物自体はそんなに強くなかったので、魔物によるケガ等は無かった。
ただ非常に疲れた。こんな場所でずっと戦い続けるのはしんどいよ。
他の冒険者に戦闘を引き継ぎ、無事にみんなでキャンプ地まで戻って来たところで、戦場の感想を呟く。
「あれが『沼』かぁ。本当に真っ黒でドロドロしてるんだね」
真っ黒な泥のようなものが溜まった海。規模だけいえば本当に広くて、向こう岸なんて見えないほどだ。
あれからズルリと魔物が陸に上がってくる光景は、瘴気の濃さも相まってかなり不気味で気持ちが悪い。
「見たのは初めてなんですか?」
「東大陸のは立ち入り禁止だったからね」
修行していた東大陸の『魔物の沼』は立ち入り禁止だった。近くまで行ったことは一度もない。
立ち入って面倒事が起きても困る。ああいうのは素直に従っておくものだ。
それ以外に『沼』があるのは見たことがない。
「あれって人が入ったらどうなるの?」
「どうにもならない。人が触れても何の影響もない。だからといって飛び込む奴はいないが」
何故かかなりの大きさの魔物が生まれたりするのに、人が『沼』に入ると膝くらいまでの深さしかない。見た目通りドロドロしているので動きにくいらしいけど。
埋め立てようと土を大量に流し込んでもいつまでも埋まらない、岩を入れても変化がないどころか、入れた岩がどこかへ消えるという謎の現象が起きる。
泥を別の場所に移し替えてみようという実験も、『沼』から離れるとすぐさま蒸発して消えてしまい、何も残らないという。
それなら全ての泥を蒸発させてやろうとバケツリレーみたいに運び出しても、『沼』の泥は全く減らないらしい。どうにもならないね。
「不思議だねぇ」
「一応封印魔法で対処できるが、それも規模の小さいものだけだ。大きなものは現状こうやってその場その場で対処するしかない」
なんなんだろうね、あれ。
活性化っていうのもなんで起きるのかよくわからないみたいだし。
邪神が関係しているとか言われてるんだっけ? 怖いねぇ。
午前中に戦い、午後に休み。夕方から深夜にかけてまた戦い、朝まで休む。そんな毎日を一週間続ける。
いやきつすぎるって。
一日二日は平気だったけど、これ毎日とか吐くわ。三日目に吐いた。
虫の体液浴びたときも吐いた。セレニアが見かねて頭から水を浴びせてきた。めちゃくちゃ感謝した。
もう言葉もないくらいしんどい。今から街まで戻るけど、また馬車の護衛をすることになっている。
運ぶのは主に肉だ。倒した魔物の肉を解体して街まで持っていくための馬車の護衛。
馬車は一日置きに出ていて、その度に護衛の冒険者がつく。日付をずらして街からキャンプ地までも同様だ。
それだけ馬車が行き来してて、その度に魔物を倒しているのに、それでも護衛が必要なくらい魔物は多い。私たちも街に着くまでまた戦い続けなければいけない。
ちなみにこの肉は下位冒険者やギルド職員、臨時で雇った人なんかが解体しているらしい。
「これ三人で今までこなしてたの? すごいね」
「すごく大変でしたよ……」
「何度魔力が枯渇したことか」
「本当、リアが来てくれてよかったよ……」
どうやら相当大変だったらしい。約束の二年よりもだいぶ早く来ちゃったとか思ってたけど、それで正解だったね。
まあ、私がいても活性化が終わらなければしんどいことには変わりはないだろうけど。
無事に街に戻ってくると、空気が如何に綺麗かが実感できる。瘴気がないって素晴らしい。
確かに街まで戻ってこないと瘴気の気分の悪さから逃れられないのがわかる。
いちいち街まで戻るのは面倒だけど、これをしないと戦場で死にやすい。知らず知らずのうちに身体が重くなってパフォーマンスが悪くなっていくんだと思う。怖いね。
街に来て一日目は宿でのんびり休む。他三人も同様だ。
あれだけ戦い続けたんだもの、疲れをとるには休まないと。
なんだかゆっくり休んだのは久々な気がする。
「バタバタしてたからちゃんと聞いてなかったけど、リアはこの一年半何してたの?」
おお、そういえばちゃんと話してなかったな。
せっかく時間ができたんだから、ゆっくり話をしよう。そうして親睦を深めるのだ。
「興味ありますね」
「暇だしな、ゆっくり過ごすには思い出話くらいがちょうどいい」
「いいだろう、私の武勇伝を聞くがいい!」
学校の卒業から今日に至るまでの私の歩みを聞いて度肝を抜かすといい!




