第86話 出発
「うまい」
見つけた串焼きの屋台でロック鳥の肉を焼き鳥にしてもらう。
塩だけのシンプルな味付けだけど、肉が美味しい。これはいくらでも食べられそうだ。
「こりゃ良い肉だな。ここに肉を持ち込むやつはお前さんくらいだよ」
串焼き屋のおっさんが、次々に肉を焼きながら話しかけてくる。
冒険者が『魔物の海』で狩った魔物はキャンプ地で食べられるか、まとめてこの街まで運んで来るかのどちらからしい。だから直接持ち込んでくる人はほとんどいないそうだ。
今この街にいる冒険者は『海』で活動して疲れて休憩している人ばかりだし、わざわざ近辺に魔物狩りに行く人はいないだろうよ。
あっという間に持ち込んだ分を食べ終え、少しのお金を払って待ち合わせ場所まで向かう。油ギトギトのお口を拭うのを忘れない。
確か北にある門から出発するそうなので、そこが待ち合わせ場所だったはず。
いよいよ『魔物の海』に向かう。大半の魔物はそこまで強くないらしいけど、たまに強い個体が混じっているので油断しないようにと言われている。
戦う準備は万全だけど、久々に仲間と一緒に戦うからそちらの方が慣れないかもしれない。
出会い始めのころとは大分変わってしまったから、あの三人も慣れないだろうけど、こればかりは実際に戦ってみないとどうしようもない。上手くかみ合うことを祈ろう。
門に着くと馬車が置いてあった。大きめの馬車が四台あるけど、あれ全部に物資が載ってるのかな。
護衛って私たちだけじゃないよね。さすがに一人一台守るのは難しいでしょ。
そして昨日はぼんやりしていて気が付かなかったが、門や外壁の近くに騎士と思われる人達がたくさんいる。どうやら街の守りは彼らが担当しているようだ。国も頑張っているんだね。
「リア」
名前を呼ばれたので、そちらに向かうとエルフ三人が揃っていた。その他にも冒険者の姿が見えるので、どうやら護衛の数は多そうだ。
「向こうの三人が知り合いでしょ?」
「ん? ああ」
エルシーナに言われて見てみると、アーロンさんたちがいるのが見えた。
どうやら同じく馬車を護衛する同行者になるとのこと。ちょっと挨拶してこよう。エルフたちに断りを入れて離れ、アーロンさんたちに声をかける。
「アーロンさん」
「おお、嬢ちゃん無事だったか!」
私の姿を見て安堵した様子を見せるアーロンさん。他二人も同じような表情をしている。お人好しはアーロンさんだけじゃなさそうだ。
「どうやらご心配をおかけしたようで」
「全くだ。無茶はするなと言っただろう」
返す言葉もないね。まあ、守れるなんて欠片も思ってなかったけど。
「あの三人の……特に髪の長いエルフがすごく心配してたぞ」
「ああ……もう説教はされたので」
エルシーナはとても心配してくれたようだ。もちろん他の二人も心配してくれただろうけど。
なんだか申し訳ないな。善処……善処しましょう。
「まあ、それなら俺からはもう何も言わないが」
「それにしてもリアの嬢ちゃんすげーな! あの森を抜けてきたんだって?」
エヴァンさんが興奮したように聞いてくる。どうやらエルフたちから少し話を聞いていたようだ。
「一応。最後の方はかなりしんどかったですけど」
「よく生きてたよなあ。あの川はどう渡ったんだ?」
「内緒です」
「えー!」とか「根掘り葉掘り聞きだすんじゃない」とか、緊張感のない会話を四人で続ける。バートさんはあんまり喋らないけど。
これから向かう先が戦場とは思えないほど穏やかな時間。出発までのわずかな時間は、アーロンさんたちと会話をして過ごした。
いよいよ時間になり、人も集まったようなので出発となった。
私たち四人、アーロンさんたち四人、もう一つベテラン冒険者五人組パーティの計十三人で護衛をしながらキャンプ地を目指す。
移動に丸一日かかるそうなのだが、魔物の襲撃がかなり多いのでそれ以上にかかるかもしれないとのこと。先頭と真ん中と後方に、それぞれパーティごとに馬車を守ってもらいながら進むそうだ。
まずは私たちが先頭を担当する。私とエルシーナが剣で前方を、クラリッサが鈍器で遊撃、セレニアが後方で魔法を撃つ。
前に合わせたときと変わりない戦闘スタイルでやってみようということで、そのまま歩き続ける。
すると一時間と歩かぬ内に危機察知が反応した。
「うわ……多っ」
「わかる? 大したことないのが多いけど……油断しないでね、とにかく数が多いから」
エルシーナからの忠告を聞き終えたところで、サルのような魔物の群れが飛び出してくる。
馬車から大きく二歩進み、そこでサルと相対する。
目の前の敵の首を斬り、横からの攻撃を伏せて避け、立ち上がりながら遠くまで蹴り飛ばす。
これだけ多いんだ、出し惜しみせずに身体強化を存分に使わせてもらおう。
敵を斬る、すぐ近くでエルシーナが敵を屠る、後ろからセレニアの魔法が飛んできて魔物を燃やす、撃ち漏らしをクラリッサが対処してくれる。
一人で頑張らなくてもいいというのは、なんて楽なんだろう。頼もしい仲間がいるだけでこんなに変わるなんて。
これならどんな敵が相手でも倒せる気がする。もう何も……これはやめておこう。世の中には不吉なセリフというものがあるのだ。




