第78話 船の中でも
二日三日と過ごしていくと、やはり代わり映えのない景色に飽きてくる。
なにより。
「そろそろ身体動かしたいな」
身体が鈍る。ここでは大っぴらに剣を振り回すわけにはいかない。
それとも乗組員に聞けばどこか身体を動かせる場所をくれるだろうか。聞いてみよう。
「冒険者の方でしたら訓練部屋を利用して構いませんよ」
なんと! この船には訓練部屋というのがあるらしい。
中央大陸に戦いに行く冒険者のために訓練部屋を開放しているとのこと。さすがに魔法は使えないけど、剣を振ったり運動をしたりするくらいなら構わないらしいので、早速使わせてもらおう。
中に入ると、先客が三人いた。
同部屋の男性三人組の冒険者たちだ。二人が軽く打ち合い、一人が素振りをしていた。私もまずは素振りから始めようかな。
広い部屋なので、四人が剣を振っていてもぶつかるようなことはない。十人に増えたらちょっと難しいかなとは思うけど。
常に持ち歩いている魔道袋から剣を取り出す。切れ味の良い、頑丈な普通の片手剣だ。
素振りをするときは身体強化は使わず、自分の筋力だけを使う。そうじゃないと意味がないし。
身体強化が使えなくなった時に、剣が重くて戦えないなんて笑い話にもならない。身体強化が使えなくても、ちゃんと強くならないと。
ブォンブォンと剣を振る。これが終わったらどうしようかな。下半身も何かしたいけど、ここで走るわけにもいかないし。スクワットでもしようかな。腿上げとかもいいかも。
「嬢ちゃんも冒険者なのか?」
素振りを続けていたら、近くにいた男性が声をかけてきた。
「そうですよ」
「中央大陸に行くのか」
「この船に乗っているんですから、そうでしょうね」
相手の顔をチラリと見て、素振りに集中する。
この船に乗っている冒険者が、中央大陸以外に行くことはないと思う。
「一人でか?」
「向こうに仲間がいますよ」
待っていてくれている……はず。断られることなんて考えてなかったけど、断られないよね? 弱いままだったら断られる可能性はあるな。
この一年ずっと戦い続けていたのは向こうも同じだし、何なら私よりも戦っているかもしれない。
実力が引き離されていたらどうしよう。もっと自分を追い込んで鍛え上げるべきだったかもしれない。いや、今からでも遅くはない。もっと追い込もう。船の上でできるハードなトレーニングを考えなければ。
障壁魔法を使いこなすのは急務だな。いっそ障壁に乗って船と並走とかしてみるか。できなくないだろう。問題は落ちた際に誰も助けてくれないことと、船代が無駄になるくらいか。
うーん、他にはないだろうか。やっぱり船の上では難しいか。魔法は船を降りてからかな。今は……対人戦とかどうだろう?
「おじさん」
「……おじさんって年じゃ……まあいい、なんだ」
私からしたら十分おじさんって呼ばれる年齢に見えますけどね。だって私まだ十代半ばですし。精神年齢はまあ、そこそこ……。
「手合わせしない?」
「……好戦的な嬢ちゃんだな。いいだろう」
「武器は……木剣があるけど、普通の剣にする?」
「いや、ここでケガしたら治療ができないだろ。木剣でいい」
船内に回復魔法が使える人がいるとも思えないもんね。
魔道袋に剣を仕舞い、代わりに木剣を二本取り出す。一本をおじさんに投げ渡す。
おじさんは華麗にキャッチし、ブンブンと振り回して使い心地の確認をしている。私も父と戦った時以来全く触っていなかった木剣の具合を確かめる。
念のため新しいのを買って持ってきておいてよかった。
身体強化は……様子を見ながら、かな。全然歯が立たなかったら経験値にもならないし。
剣術の腕を上げるには地道な努力が必要だよね。この半月を有効活用しないと。
やっぱり力じゃ敵わないので、身体強化を使いながら何度も手合わせしてもらう。そのうちおじさんの仲間も参加してきて手合わせをしてくれることに。
最初に手合わせをしたおじさんがアーロンさん、他二人がバートさんとエヴァンさんだ。バートさんは寡黙で、エヴァンさんは口調はあれだが優しい人だ。
「リアの嬢ちゃんはなんでそんなに強くなりたいんだ?」
「他の仲間に置いて行かれないために」
エヴァンさんに問われたので、一番大きい理由を挙げる。
小休止を取りながら三人と雑談。この三人は私と同じDランク冒険者らしい。中央大陸へはギルドから頼まれて、特に他に目的地も決まってなかったから行くことにしたそうだ。
「仲間は強いのか?」
「強いでしょうね。ずっとあそこで戦っているんだから。私も頑張らないと」
人がいきなり強くなるのは難しい。日々の地道な努力と、実戦による経験値が人を強くする。
新しい魔法や魔道具に頼っても強くはなれるけど、やっぱり経験に勝るものはない。
中央大陸に着いたらすぐにアシュミードには向かわずに、一人で戦いに出てもいいかもしれない。
予定よりも早い到着なんだ。少しくらいいいだろう。
今同じ船に乗っている商人の護衛依頼とかが出るかもしれないが、今更依頼の一つや二つ受けたところで大した評価にもならないだろう。護衛依頼ならなおさらだ。どうせ一人では受けられない。
「嬢ちゃんも大変だな」
「そうですね」
本当、好きに生きるのも楽じゃない。
全員明日からも訓練部屋を利用するとのことなので、また手合わせをしてもいいという言質を頂いた。存分に相手をしてもらおう。対人戦は滅多にできないから貴重な経験だ。有効活用しない手はない。




