第50話 護衛依頼
あっという間に50話まで来ました
経験とは大事だ。何事も一度やったことがあるかないかで大きく変わる。
何をすれば良くて、何をすればダメなのか。事前に何を準備しておけば後で楽になるかとか、これがないと後で困るとか、そういうのもちゃんとわかってくる。そして失敗して学ぶこともある。
でもこれはなぁ。
「雨の時の野営ってどうすればいいんですかねぇ……」
ザアザアと雨が降り続いている。今朝から雲の様子が心配だなとは思っていたのだ。夕暮れから降り始め、夜が来たらこの様。
ビシャビシャに濡れるのは構わないが、周りの音が聞き取りにくくて困る。
父がくれたコートは撥水加工がされていたようだけど、この雨の量じゃ意味がないな。
今日は王都行きの乗合馬車の護衛依頼を受けている。レオとフィンレーも一緒だ。
今は乗客には屋根のある馬車の中にいてもらっている。
正直、寝るんじゃなくて夜間も走り続けてほしいけど、それだと馬が可哀想だ。こういう場合はどうしたらいいんだろう。馬だって生き物なんだから、無理をさせ過ぎるわけにもいかない。
だからもう、今日はどうしようもない。これから夜間の見張りに入るけど……。
「この雨じゃ何かが近づいてきてもわからないかもしれない」
フィンレーが私と同じようにずぶ濡れになりながら懸念を言葉にする。
会話だって声を張らないと聞こえないくらいだ。こっそり襲い来る何かなんて、余計に気が付けないだろう。私は危機察知で気が付けるだろうが。
きっと、馬車の中の乗客たちも不安だろうな。何せ護衛がまだ子供でしかない三人組の冒険者だもの。
「一人じゃ無理だろ。二人で順番に回していく方が安全だな」
「そうだね。もう馬車はいっぱいだし、一応テントを持って来てあるけど、使う?」
レオの提案に賛成し、一人が休憩をとるのに使うテントを取り出す。さすがに雨に濡れながら寝るのは難しい。
三人とも初めての護衛依頼。まさか雨の中見張りに立たねばならないとは。
護衛依頼って大変だ。
テントを張ったが、地面がビチャビチャなので寝心地は悪そうだ。でも屋根がないところで寝るよりはマシだろう。
最初に私が休み、フィンレーと交代、フィンレーが起きたらレオと交代して、朝まで見張りだ。
「フィンレーが一番大変じゃない?」
「平気だよ。リアは早く休んでおいで」
「わかった。何かあったら起こして」
テントに入り、コートに包まって横になる。なるべくしっかりとした地面の上にテントを張ったので、固くて寝辛い。雨音もうるさいし、テント内も少し濡れているし、快適とは程遠い。
「寝袋も用意しようかな……魔道袋に入るだろうし」
いざこうやってテントで寝るとなると、欲しいものがいろいろと思い浮かんでくる。
せっかく魔道袋があるんだから、もっと有効活用しよう。
数時間眠ったところでフィンレーと交代。レオと二人で見張りをする。二人で馬車を挟んで反対側に向かい、見張りをする。
雨が無ければ会話もできたんだろうけど、これじゃ無理だな。
このまま何もしないで数時間は精神的にキツイ。危機察知のおかげでそこまで張り詰めなくても平気だけど、だからって遊んでいるわけにもいかない。
「雨に濡れた状態で戦闘ができるか……ちょっと剣でも振ろうかな」
服は水を吸って重たくなっている。この状態でも戦えるか試しておこう。
私はあまり防具らしい防具をつけていない。普通の布の服がほとんどで、あとは革製品の胸当てとかブーツとか、それくらいだ。布が水を吸っているせいで、いつもより少し動きにくいかもしれない。
ただでさえ剣が重いのだ。これ以上重い物を身につけたくはない。
腕の可動域が狭くなるだけで、死が近づくのだから。
――なんて、それっぽい理由を上げたけど、単純に固めの服が嫌なだけだ。防御を上げれば固い素材になるのは当然だ。
前世の頃からそんな服を着たことなんてほとんどなかったのに、更に質が悪い上に動きづらいなんてとてもじゃないが好んで着たくはない。
「このコート暖かいしね」
父がくれたものだ。大事にしたいと思う。でもさすがに貰ったばかりのあの頃に比べたら背が伸びてきている。このコートをいつまでも着られるわけじゃないのが勿体ない。
それからレオとフィンレーも交代してしばらく経った。もうすぐ夜明けだ。それまでの辛抱だ。
なんて思ってたんだけどなあ。
「フィンレー」
「どうかした?」
馬車を回り込み、フィンレーに話しかける。もう少しで夜明けだけど、逆に今が一番眠い時間だ。
「集団で来てるみたい」
そんな時間に、この馬車に悪意を飛ばしながら近づいてきている集団がいる。
「……何が来てる?」
なんでわかったかなんて聞いてこない。重要なのはそこじゃないと理解してくれているようだ。
「こんな雨の中、獣が来るとは思えないね」
「レオを起こしてくる」
飛んでくる悪意は人のものだ。おそらく盗賊とみていいだろう。
フィンレーがテントの方に走っていく。私は馬車の中を覗きこみ、誰か起きている人がいないか探す。
「どうかしましたか?」
御者が起きていたようだ。助かる。
私は誰かが近づいてきているので、ここから動かず、騒がず、邪魔をしないようにお願いしておいた。御者は不安そうにしていたけど、一応頷いてくれた。念のため馬の準備はしておくようだが。
そうしている間にレオとフィンレーがこちらに来た。
「囲まれてるのか?」
レオが一番睡眠時間が短かっただろうけど、きちんと目覚めているようだ。真剣な顔で状況を聞いてくる。
「まだ平気だけど、人数差があるから囲まれるかもしれないね」
「何人いる?」
「十は超えてないけど」
飛んでくる悪意が全員分かはわからないけど、十よりは下だろう。
「――人を殺す覚悟はできてるね?」
これはレオとフィンレーに向けたようだけど、自分に向けた言葉だと思う。生まれて初めて人を殺すんだ。ここで躊躇して死ぬのは私だけじゃない。
「ああ」
「できてる」
二人とも覚悟はできてるようだ。私も覚悟を決めよう。大丈夫、今この場で一番大事なものが何かを理解していれば、できる。
「どう迎え撃つ? 派手に一撃魔法でもぶち込もうか」
向かってきている方向はわかってる。ここから遠距離攻撃してもいいけど。
「向こうに魔法使いがいたら人数差で不利になるかもしれない。近づいた方がいいんじゃないかな? 馬車もあるし」
「遠距離だと全部リア任せになっちまうしな」
「それもそうだね」
馬車を守るのがクリア条件だもんね。離れ過ぎたらダメだ。
それにしても雨は厄介だ。火の杖は使えない、足元はぬかるんでる、視界が悪い。
「少しずつ明るくなってきてるけど、まだ暗いから、気を付けてね」
「おう」
「援護を頼むよ」
風の杖を持ち、構える。レオとフィンレーも剣を構えた。
「行くぞ!」
姿が見えてきた盗賊たちに向かって、走り出した。
「一度だけ警告する! 武器を捨てて地面に伏せろ!」
レオが集団に向かって叫ぶ。これで言葉通りにしてくれれば楽なんだけど。
「子供じゃねーか。今回は楽できそうだな! 殺しちまえ!」
下卑た男の声と、剣を構える様子が見える。それなら容赦しなくていいね。後ろの方に杖を持っている奴が一人いるから、あれから殺すか。
風の杖に魔力を込める。重い剣よりも、杖の方が便利だ。お金が貯まったら風の杖から買おうかな。
杖の先端から風の刃が飛ぶ。ゴブリンもウルフも真っ二つにできる切れ味だ。人間なんて軽く切れる。
「ぎゃあ!」
前にいた男は避けたが、その後ろにいた男の左腕を切り落としたようだ。そのせいで魔法使いまで届かなかったが。
レオとフィンレーも他の男どもと戦闘している。敵はそんなに強くはなさそうだ。これなら周りにいるやつらを片付けていけばなんとかなるだろう。あの魔法使いを――
「死ねクソガキ!」
視界の外から剣が振り下ろされるが、難なく避ける。危機察知様様だね。そのまま腰に差していたナイフで男の脇腹を刺す。ズブリとした感触が伝わったが、昔鶏の生肉にフォークを刺したときに似てる。思ってたほどの衝撃はないね。
ナイフを引き抜き、適当に蹴り飛ばしておく。雨のおかげで出血も止まらないだろうし、放っておけばいい。
なんて考えていたら風魔法が飛んできた。危ない。あれを先に殺さないと。
しかし盗賊たちもわかっているのか、魔法使いを守るように立ちまわっているようだ。
チラリとレオとフィンレーを見る。二人で三人の男を相手にしているようだ。全員剣士だけど、どうなんだろう。苦戦はしていないようだけど。
しかし、手助けする暇がない。
今も私に向けて風魔法が飛んできている。当たることはないが、私を標的にしている内に魔法使いを片付けておく方がいいかもしれない。レオとフィンレーに風魔法を避ける術があるかはわからないし。
そうと決まれば手早く済ませよう。
まずは呻きながら逃げ出そうとしていた――最初に腕を落とした男を後ろから風魔法で殺しておく。
杖を構え脚の強化魔法を使い、魔法使いまで一気に距離を詰め……ようとしたが、ぬかるみに足を取られたら困る。慌てずに近づくことにした。
前に立っていた男二人が剣を構えながら向かってくる。
まずは風魔法を連発で飛ばし、一人を無力化する。風魔法って便利で卑怯だよね。安物の装備なんてスパっといっちゃうし。
だから防ぐには良い装備で弾くか、魔法で対抗するか、避けるしかない。盗賊には無理だったようだ。隣で崩れていく男を見て一瞬こちらから意識が逸れたもう一人にも風魔法の刃を飛ばす。
当たったと確認した瞬間に相手の魔法使いからの攻撃が飛んでくる。忙しいな。
避けて、斬る。それで終わり。それができれば勝てる。戦いって意外とシンプルよね。
危機察知があればどこを剣筋が通るか、どこに魔法が飛んでくるか、わかる。わかれば避けられる。そのために修行をしたんだから。
男二人の死体を乗り越えて、魔法使いに接近。飛んでくる風魔法を避けて、こちらからも風魔法を飛ばす。相手の避ける技術は大したことないらしいが、風魔法で応戦して相殺してきた。なかなかやるね。
魔法の連発は魔力量や魔力の操作速度などが優れていれば、数も連射速度も上がっていく。そして、私はこれらが得意だ。すぐにこちらの攻撃が当たり、相手は崩れ落ちた。
これで私に向いている悪意はなくなった。
今日が雨で良かった。汚い返り血が洗い流されるし、汚い断末魔も聞こえにくくて済むもの。
ジャンルが違いますが、新しい小説を投稿しているので良ければそちらも是非
「スワンプマン 〜何も望まないで〜」というタイトルです




