第49話 身体強化
神殿からなんとか家に帰った。なんかもう、すごく疲れた。
その日の内に新しく刻まれた魔力回路を試そうかと思ったけど、脚の痺れがうまく消えなかったので、数日間様子見をしてからにした。
三日ほど経ってようやく違和感も消えたので、早速試してみることに。
「おー、これはすごい、危ない」
部屋で魔力を込めてジャンプしたら危うく天井を頭で突き破るところだった。走り出したら壁に穴をあけそうだな。
「流す魔力量で強弱が決まるっぽいね」
魔力のコントロールは上手いのよね、私。これも女神様がくれたのかね。
力加減を覚えておかないとね。外で思いっきり走ったら気持ちがいいかもしれない。
そういえば杖なんかは魔力を流し込み過ぎると壊れるけど、人体だとどうなるんだろう。
張り切り過ぎてケガしたりとかするんだろうか。今度調べておこう。
「まずは少しずつ……んん? いきなり足が速くなったらお父さん怪しむのでは?」
今回の件についてもちろん何にも話していないから、いきなり身体強化を刻んだことになる。
お父さんに勝つために刻んだのに、使わないという手はない。つまり絶対バレる。
いつ、どこで、誰が! ってなるよね。どうしよう。
「むむむ……魔道具ってことにしようかな。そうと決まればそれっぽいのを自作しておかねば」
ブーツか何かに魔力回路を刻んである――ように見えれば大丈夫だろうか。あとで新しいブーツを買ってきて、如何にも自作してますよって雰囲気を数日間出しておこう。偽装工作は大事だ。
今日は久しぶりに冒険者としてのお仕事に出かけた。ガリナに戻って来てからは今日が初めてだ。
最近疎かになっていたので、身体が鈍らないように気をつけなければ。
両親には朝に伝えたけど特に止められるようなこともなく、ケガの無いように気を付けろと注意を受けただけだった。
父は何か言いたそうな顔をしていたけど、まあ試合の許可を出した以上、冒険者としての活動を止められないと悟ったのかもしれない。今日中に帰ってこいと言われるだけで済んだ。
外泊の場合は事前に言うようにとも。事前に言えば許可してくれるなんて、父も変わったなぁ。
そんなこんなで魔物を狩るために森へ。昔父やサイラス先生と行った森の更に奥まで進む。
冒険者のお仕事ついでに脚の身体強化も試してみることにしたので、できるだけ人目の少ない場所へと入っていく。
少し開けた場所にたどり着き、周りに人がいないことを確認してから脚に魔力を流して走り出す。
「わー! すっごい! はやい! たかい!」
風を切るように走り、木を飛び越えるように跳ぶ。まさにそんな感じ。
こんなことなら最初から刻んでおいてくれればよかったのに。そうすれば痛い思いをしなくて済んだのに。贅沢な文句だけどさ。
夢中で走り続け、途中で出くわした魔物をその勢いのまま蹴り飛ばす。ゴブリンは木っ端みじんになった。ジャイアントベアーも頭部を狙えば殺せる。これは強い。でも返り血で靴が大変なことになった。
動体視力が良いおかげで脚が速くなってもちゃんと周りが見える。視力も良いし、夜目も効くなんて素晴らしい眼だ。夜通し走り続ける気はないけど、不可能でもないかな。スペック高いねこの身体。
上半身が風に負けてる感じがするけど、これは鍛えないとしょうがないね。あとは慣れるしか。
それにしても身体強化とはこんなに便利なのか。腕に刻めないのが残念でならない。
この爆弾のやつ外せないかな。刻んだ身体強化って一応外せるらしいけど、女神様が作ったものは普通の人には外せないよね。女神様も諦めろって言ってたから、外す気はなさそうだし。
この爆弾とは一生の付き合いになりそうだ。
「調子乗って走り過ぎた……疲れたな」
適当な場所に座り込んで、肩で息をする。どこだここ。
身体強化をしたところで体力は増えない。当たり前だけど。さすがに何時間も走り続ければさすがに疲れる。
身体強化は便利だね。今度は蹴り飛ばすんじゃなくて、剣で戦って、それに合わせて使ってみよう。
しかし魔物を蹴り飛ばしてそのまま走り去ってしまったから、森の中がエライことになってそう。かといってどこを走って来たかなんて覚えてないので、片付けに向かうこともできない。ごめんよ。誰に向けての謝罪かわかんないけど。
「体力増やせば王都まで行くのに馬車いらないかも」
当然だが身体強化を使えば馬車よりも速く走れる。体力を増やして夜通し走れば一日でガリナから王都まで行けるかもしれない。
もちろん、普段からそんなことはしないだろうけど。一度くらいは試してみてもいいだろう。
いやでも可能だったら馬車より便利かもしれない……。乗合馬車でガタガタ揺られながら野営だの他の客との交流だの、煩わしい思いをしなくて済む。お金だってかからない。
でもなんというか……人としてどうなの? みたいな感じがするような……。まあ、一度試してから考えよう。




