第48話 勇敢な者と呼ばれた私
ガリナの街中、魔道具を探して大通りの武器屋やら防具屋やらを見て回っている。
こうやって見ていくと、家庭用の便利な魔道具は多いけど、戦闘用の魔道具はそんなに多くない。
「やっぱり『海』がなくて平和だからかな……」
正直、そんなに魔物も多くないんだよね、この辺り。数が少なくて強い個体がいるってことでもないし。
だからって狩りつくしてしまうのはさすがに無理だけど。
「軽量化の靴……踏み込みが弱くなりそう。魔法使い向けかな。筋力が上がるグローブか……こういうのってつけても大丈夫かな」
腕につけるのは不安があるな……主にこの爆弾のせいで。
手を覆ってしまうと、いざというときに爆弾が使えない。手と手袋と間に爆弾が生成されたら目も当てられない。大惨事。
「身に着けるだけで身体に効果が出るって不思議だよね……」
前世に肩こりに効く磁気グッズとかあったなぁ。ああいう感じ? 不可思議だからこそ魔法なんだろうけど。
身体強化系の魔力回路が刻まれた防具は素肌に直接触れる形で身につけなければ効果が出ない。
もちろん直接身体に刻む方が高い効果を得られるけど、それが出来る魔術士がこの街にいるかどうか。この大きな街でも一人いれば良い方だ。
まあ、身体強化なんて刻んだら親が泣きそうだからやりませんけど。
「はあ……魔道具を自作するかなぁ。でも腕には……それよりも剣を新しくするべき? でも試合は木剣だしなぁ」
実は学校に入学する前に買った剣を未だに使っているのだ。重たい両手剣もそろそろ卒業したい。何の装備から用意すればいいのかわからないな。でもお金は有限だ。慎重に考えないと。
なんて考えていたらお店が並んでいる大通りを過ぎてしまった。そして見えてきたのが神殿だ。ガリナにも王都ほどの大きさではないが、ちゃんとある。
「そういえば結局お祈りしてなかったな」
ここで祀られているのは私にいろいろしてくれた女神様だ。一度くらいお礼を言うべきだろう。
そしてあわよくば強くなるヒントでももらえないだろうか。
「余計な事願うと何されるかわかんないけど、このままだとお父さんに勝てないし……」
願うのは一種の賭けのような気がするな。いや、そんな都合がいいことなんて起きないだろう。
返事なんて来るわけないだろうし、ちゃんとあの女神様にお礼の言葉が届くかもわからない。
「とりあえず、お祈りしてみようかな」
神殿に入ると、奥に女神様と思われる像が安置されている。似ているような、似ていないような。
その前に空間があり、そこで膝を折って祈っている人を見たことがあるので、それを真似て祈ってみる。
後ろには長椅子が並んでいるけど、像に近い方が女神様に声が届きそうな気がする。
「(女神様、お久しぶりです。新しい世界へと転生させていただき、誠にありがとうございます)」
心の中で女神様に呼びかける。
……さすがに返事が来るわけないか。まあ、女神様も暇じゃないもんね。知らないけど。
「(おかげさまで毎日幸福に暮らしております。これからはもっと強くなって、世界を見て回るつもりです。図々しいですが、見守っていてください)」
よし、こんなところか――『それは何よりです』
「んんっ」
やばい、こんな静かな場所で変な声出た。少しだけいる周りの人たちの視線がこちらに向いた気がする。いや待って今のって。
『やはり貴女は正しき心を持つ素晴らしい人間ですね。貴女の望みを叶えましょう』
どこからそんなことが読み取れたの??? 落ち着いて??? 突然すぎません???
「(の、望み……? ま、待ってください女神様。私は女神様にそこまでしていただけるような人間ではありません)」
嫌な予感しかしない!
まさか返事が来るだなんてそんなことある? 私以外にこの声は聞こえてないみたいだけど。
私を贔屓しすぎじゃないですかね女神様。
『何を言うのですか。貴女ほどの勇敢な者に褒美を与えるのは当然です』
「(勇敢などと……そんなわけがないでしょう)」
前世の爆死のやつのこと言ってるなら、ただの奇行ですよ。
『いいえ、貴女の死の間際の行動によって、奇跡的にあの爆発による死者は出なかったのですよ』
???
いやいやいや、嘘でしょ。テロだったでしょ、あれ。
『爆発が起こった位置、建物の構造、人々の動き、爆弾の威力……そして貴女の行動のおかげで、建物が即座に倒壊しなかったのです。爆発による死者はおらず、建物の倒壊に巻き込まれた者もいない。どれか一つでも欠けていたらこのような結果にはならなかったでしょう。重傷者はいましたが、あの事件での死者は貴女を除けば一人もいません』
「(いや、まさか、冗談でしょう)」
……信じられないんですが。
『最初に告げたでしょう。勇敢な者と呼ばれた貴女、と。あちらの世界で貴女は間違いなくそう呼ばれていますよ』
そういや言われたけど……なんかの決まり文句かと思って気にしてなかったな……。
まさか自分がそんな風に言われてたとは。信じられない。
いやでも、なんというか、実感ないな。私からしたら奇行の末に死んだだけだし。死んだ後に英雄扱いされてるって言われてもね。
そんな重たそうな肩書を背負えるような豪胆さは持ち合わせていないです。
それにしても、百合アニメグッズを買う前で良かったかもしれない。
英雄の直前の行動が百合アニメグッズの購入だって報道されたら……もう一度死ねそうだわ。恥ずか死ぬ。
私物公開とかされてないよね? されてたら死体蹴りだよ。オーバーキルだわ。
『それはそれとして、強くなりたいのでしたね。では何を差し上げましょうか』
軽い! 軽い! 親戚の子にお年玉をあげるような気楽さ!
「(いえ! これ以上頂くわけにはいきません! 女神様のお手を煩わせてしまうわけにはいきませんから!)」
『身体強化を刻むのはちょっと難しいですね。腕にこれ以上刻むと損壊してしまいますし』
「(聞いて!?)」
しかも今サラッと怖いこと言いませんでした!?
「(もしかして腕に魔道具をつけたらマズいんですか?)」
『それは大丈夫ですよ。でも負荷をかけ過ぎると危ないですから気を付けてくださいね』
うーん、なんだか大丈夫なのか心配になる返事だけど、とりあえず試してみようかな。
探すより自作してみる方がいいか。それなら強化度合いを自分で調整できる。難しいけど、できないわけじゃない。
全身を身体強化できれば楽だったんだけどね。筋肉つけすぎるのは嫌だし。
『こればかりは仕方ありませんので、全身の身体強化は諦めてください』
確かに仕方ないですけど、女神様が腕に爆弾仕込んだからですよ?
『その代わりに脚に刻みましょう。脚力は人間の範疇を超えない程度にしか与えませんでしたが、足りませんでしたね』
足は確かに速かったんだよね。身体強化しているかって言われると違うってレベルだけど。エルシーナの動きを見たから余計にね。だから脚には魔力回路は刻まれていない。
「(そういえば、私には身体強化の適性があるんですか?)」
適性がないと刻んだところで意味はない。魔道具の身体強化も使用できないのだ。
『貴方にはすべての魔法の適性を与えていますよ』
今とんでもないことを聞いた気がする。え、じゃあ光も闇も回復もいけるってこと……? 魔法スペックすごすぎないか、この身体。
『それじゃあ刻みますね。ちょっと痛いですけど貴女なら大丈夫でしょう』
「(え、ちょっと待って女神さ――)」
瞬間、下半身に激痛が走って悲鳴を上げた。
『できましたよ。力作ですから頑張って使いこなしてくださいね。それでは長き人生を幸福に生きてください』
「ど、どうしましたか!」
神官と思わしきおじいちゃんが飛んできた。そらそうだ。
いやもうホント、おかしいわ、あの女神様。人の話はもう少し聞いてほしい。心の準備とかしたかった。
「ああ……うん……お騒がせしました……」
「汗がすごいですよ! どこか痛むのですか!? すぐに回復士を――」
「いえ、だいじょうぶです。ちょっと足が痺れて歩けないだけです」
「全然そんな風には見えませんよ!?」
いつもなら静謐な空間であろう神殿が、私のせいで大騒ぎである。
ちょっとどころじゃなかったんですけど女神様。めちゃくちゃ痛かった……。
でも痛みはその一瞬だけだったから、今はもう平気だ。少し痺れているような程度。歩くには問題ない。
このままここにいると回復士でも呼ばれそうなので、早く帰ろう。帰りたい。帰って寝たい。
野次馬が増える前に何とか立ち上がり、神官のおじいちゃんに謝って神殿を後にした。
騒がしくしてごめんなさいね。文句は女神様に言ってください。
あ、女神様にお礼言うの忘れた……いっか、次に来た時で。




