第45話 ただいま
学校を卒業し、魔道具を売り、図書館で勉強し、冒険者として仕事をする。
そんな毎日を過ごしてきたけれど、ついにその生活も終わりを告げることになり、この王都から出ていく日が来た。
「ついにリアちゃんも出て行っちゃうのね」
寮にいられる最終日。早朝に起きて、ここを出ていく。乗合馬車に乗るためだ。
ディーナさん、マデリーンさんともお別れだ。一年はあっという間だったけど、とっても濃い一年だった。
マデリーンさんはいつまで寮にいるのかな。研究室をもらうって言ってたし、それならここに住み続けるのだろうか。
どちらにせよ、王都で暮らすことに違いはない。また会うことはあるだろうか。もうない可能性の方が高そうだ。
「一年間、本当にお世話になりました」
二人に向けて深々と頭を下げる。今日までたくさんお世話になった。
食事はずっとディーナさんが用意していたから、この味をもう食べられないと思うと悲しいな。
「これからもケガをしないように頑張ってね」
「気を付けて」
「はい。お二人もお体には気を付けてくださいね。さようなら」
名残惜しいけれど、いつまでもこうしているわけにもいかない。
そろそろ帰らないと、親が心配してそうだ。それに私も故郷が恋しくなってきている。
最後の挨拶も終えて、寮を出る。外で寮に深く一礼をしてから歩き出す。
王都の景色を目に焼き付けながら、馬車の乗り場に向かった。
ガリナへ向かう護衛依頼でもあれば受けようかと思ったけど、一人だと護衛依頼は渋られるのよね。
女子一人が護衛します! って言われてオッケー出してくれる人は少ないという、ある意味当然の結果だった。なので、護衛依頼はせずに普通に馬車に乗って帰ることになった。
馬車に乗り込み、王都を出る。
少しずつ離れていく王都に、様々な思い出が蘇る。
嬉しい出会い、悲しい別れ、痛い思いもしたし、助けられたし、迷惑もかけた。迷惑かけたことの方が多いな。
本当にたくさんの思い出ができた。この一年間、充実した毎日だった。
「楽しかったな……」
思い返すと涙が出そうだ。もう戻れない日々、遠い過去。こんな詩でもありそうだと思うけど、実際に経験してみると、こんなキザな言葉が出てしまう。
これからの人生も、こんなに楽しい思い出がたくさんできるだろうか。できるといいな。
「なっつかしいー……」
馬車に揺られること数日。見えてきたのは今の私が生まれた街、ガリナ。
おおよそ一年ぶりの故郷。見えてくる姿に変わりはない。
馬車を降り、一年前とほとんど変わっていない街並みを眺めながら、家に向かう。
時刻はもう夕暮れ時で、家に帰る人たちと相まって、なんだか寂し気に感じる。
街並みも空気も人々の表情も、全然変わっていないような気がするし、変わっているような気もする。それとも変わったのは私の方だろうか。
一年前は何とも思わなかった家路に、懐かしさを覚える。
街の外からの帰り道、父やサイラス先生と一緒にここを歩いたっけ。父の顔が思い浮かび、母の顔を思い浮かべる。
ああ、会いたいなぁ。帰り道を歩く速さが、心なしか速まった気がする。
一年ぶりの実家の前に立つ。なんとなく深呼吸をして、ドアノブに手をかける。
「ただいまー」
勝手知ったる我が家である。ノックも何もせずに家に入った。
「リア! おかえり」
「お母さん」
家に入ると母が玄関まで出迎えてくれた。一年ぶりに会う母は、相も変わらず美人で可愛いままだった。
母は小走りのまま私のところまで来て、そのまま抱きしめてきた。久しぶりに感じる母の匂いに、なんだか安心する。
「無事で良かった……元気にしてた?」
「うん。元気だよ」
背が伸びた? わかんない、なんて他愛もない会話を続ける。一年ぶりの懐かしい時間。
「お父さんは?」
「もうすぐ帰ってくると思うわよ。荷物を置いてらっしゃい」
わかった、と返事をして、久しぶりの自室へ。
毎日掃除をしてくれていたようで、部屋は出てきたときと変わらず綺麗なままだ。
魔道袋のカモフラージュのために使っていた鞄。一年前に王都へ向かう際に持って行ったこれを置き、コートを壁に掛ける。
すると、玄関が開く音が聞こえたので、そちらへ向かう。
そこには母に出迎えられている父の姿があった。うん、一年ぶりだけど、変わらず元気そうだ。
「リア!!」
「お父さん」
私の姿を見つけた父は、すぐに走り寄って抱きしめてきた。いつもなら避けるんだけど、一年ぶりだから、我慢しよう。
土の臭いや汗の臭いがする父、本当に今日だけだからな。
「お、おお……おかえり……無事で、無事でよかった……」
「ただいま」
かっこよくて情けない過保護な父は健在のようだ。
一年ぶりの故郷、一年ぶりの我が家、一年ぶりの両親……ああ、ここは本当に、私の『家』なんだなあ。
「リア」
「んー?」
上手く喋れない父を放って、母が私を呼ぶ。
「――楽しかった?」
何を、とか、何が、とか、そんな無粋な言葉はいらない。
「――すっごく楽しかった!」
この一言だけで、十二分に伝わるはずだから。
ここで一応一区切りとなりますが、まだまだ続きます。




