第38話 未来へ向けて
「それじゃあ、気を付けてね。手紙はガリナに送ってね」
「うん。拠点が決まったら手紙を送るね」
今日はエルフ三人が王都を出る日だ。次に会えるのは移動も含めて二年後くらいかな……。
最近この人たちと一緒に過ごすのが楽しかったから、なんだか寂しいな。
「絶対に来てくれよ?」
「もちろん」
セレニアに念を押される。圧がすごい。
これだけ期待されているのに会いに行かなかったら、ガリナまで迎えに来そうだな。このエルフ。
「修行もいいですけど、無理だけはしないように」
「うん。みんなに会えるのを楽しみにしてるからね。無理しないように気を付ける」
たぶん、たぶん大丈夫だと思う。
でも修行というのは時に危険を伴うものでもあるし、気を付けないとな。修行が目的なんじゃなくて、修行を終えた後が大事なんだから。
この人達と数年後にまた会える。今は寂しいけど、その時は今よりもずっと長い時間一緒にいられるはずだ。
そのことを考えると今から楽しみでもある。
「それじゃあな」
「うん」
セレニアとクラリッサが背を向けて立ち去っていく。あれ、エルシーナが動かない。
「エルシーナどうしたの。二人が行っちゃうよ?」
「えっと、あのね」
何か言いたいことでもあるのだろうか。顔が少し赤いけど、大丈夫か?
もう一度尋ねようかと思っていたら、エルシーナが距離を詰めてきた。
私の右手を取り、両手で包み込みながら手を胸元に引き寄せられる。
そして緊張したように唇を湿らせ、ジッと私の目を見つめてくる。
「――待ってるから、ちゃんと会いに来て」
そう一言告げ、手をゆっくり離される。
何が起きているのかよくわからないまま、エルシーナは小走りに二人の方へ行ってしまい、そのまま人込みに消えていった。
「な、何、今の」
ど、どういうこと?
あんな……寂しげな表情をされるほど、これは辛い別れだっただろうか。二年後にまた会えるのに。一体どんな感情だったのか、私にはわからない。
包み込まれた右手にまだ彼女のぬくもりを感じる。その右手を左手で大事にさすっていたのはきっと、びっくりしたからだと思う。そう、思いたい。
勘違いは、したくないから。
エルフたちとの別れでしばらく混乱していたけど、切り替えて卒業課題に取り組む。
これを乗り越えなければ何も始まらないのだ。集中しよう。
「うーん……」
詰まる。詰まる。どうにも上手くいかない。
この術式とこの術式を実際に刻んでみたらこの材質じゃ割れてしまう。
かと言ってここを変えてしまえば、その前の部分も変更していかないと……あああ……。
「ここを変えてみるか……いやでもな」
休日に寮のラウンジにある机を一つ占領しながら唸る。
広げている紙が多いのでライラと一緒にやることはできない。向こうも無駄話をしている余裕はないみたいだし。
少し休憩でもしようかと顔を上げたら、目の前にマデリーンさんがいた。
「うわ! び、びっくりした……どうしました?」
「ん、面白そうな魔道具だなって」
魔力回路図が書かれている紙をのぞき込みながら楽しそうに告げられる。
珍しいもの、見たことないものを見るような、好奇心が宿った目をしている。
ああ、この人はセレニアみたいに、魔道具とかが大好きな人なんだなってようやく気が付いた。
そのことに気が付いただけで、なんだか親近感が湧いてしまう。
「マデリーンさんは進捗どうですか?」
「ぼちぼち」
相変わらず食事の時以外ではほとんど見かけないけど、今ここにいるってことはそれなりに進んでいるってことなんだろう。
「王立図書館には行ったことある?」
「え? そういえばあんまりないですね」
まさかマデリーンさんから会話を振られる日が来るとは思わなかったな。
王都の図書館か……学校から購入した専門書とかで間に合ってたから、あんまり行く機会なかったな。
「あそこには学校で習わない術式とかが書かれた本がいくつか置いてあるから、見てみるといいと思う」
なんと! 確かに、術式は何百何千という種類がある。その全てを学校の授業で習うことは不可能だ。
盲点だった。学校で習ったものだけを使って課題を仕上げる気でいた。柔軟性に欠ける!
「ありがとうございます!」
「ん。頑張って」
「はい! マデリーンさんも頑張ってください!」
マデリーンさんにお礼を言って、早速出かける準備をする。
さすが成績順位一位なだけある。マデリーンさんは何を作るつもりなんだろう。
負けたくないな。頑張ろう。
あの大量の本が貯蔵されている王立図書館で使えそうな術式を探し出すのは大変だったけど、マデリーンさんのおかげで詰まっていた問題が解消され、ついに組み立てまで成功した。
次は試運転をしてみないと。布製品をいくつか用意しないとな。
「ふおお……」
ついに! ついに完成した!
この世界の洗濯機が!!
「ぴかぴか! とまではいかないけど……なかなか綺麗な仕上がりじゃないかな」
わざと汚した洗濯物を使い、何度も試行錯誤を繰り返して、ようやく納得のいく綺麗さの洗濯物にはなったんじゃないかな。
あんまり酷い汚れは落ちないけど、それでも多少は目立たなくなるから及第点だろう。
ちゃんとこの世界の洗剤が使える、これぞまさに洗濯機と言っていい。
これは家庭でも買えるように機能を少なくしてるけど、業務用として作るならもっと多機能にすることも可能だ。
その辺りは案だけ出してあとはギルドに売ろうかな。たぶん売れると思うんだよねー。
きっと家事に追われる人々の救いになるはず。
「ひとまず、あとはこれの説明を紙に書けば終わりだ。長かった……!」
もうすぐ提出期限だ。一時はどうなることかと思ったけど、これなら問題ないだろう。
これをプレゼントすればお母さん喜んでくれるかな。お父さんは……感動して家事を手伝うようになるかもしれない。いいことだ。




