第36話 知らないことと知っていること
私が書くとあんまり甘くならないんですよね
「――なんてことがあって……大変だったよ」
今日は休日、いつものエルフ三人と一緒に過ごしている。森の中で魔物を狩り、今は昼食を兼ねて休憩中だ。
その時にこの前学校で起きた乙女ゲームみたいな出来事を話してみた。
「それはそれは……ふふ。大変でしたね」
「笑いごとじゃないよ……」
クラリッサが笑うのを我慢しきれないままにねぎらってくれる。下手したら不敬罪だったかもしれんというのに。そのうち私の中でも笑い話になるといいけど。
「もう平気なのか?」
「うん。なんか学校辞めたみたい。あと少しで卒業だったから、それに関してはなんだか申し訳ない気がするけど」
どうやらあのパトリックとかいう男は学校を辞めたらしい。卒業まで数カ月だったのにね。
私のせいかな。いやでも私も被害者だし、ナターシャさんも被害者だし……うん、仕方なかったんだよ。
「リアは悪くないよ! 嫌がるリアに無理矢理迫る男の方が悪いんだよ!」
すごい力強く擁護してくれるエルシーナ。そう言ってくれると安心する。
ただ、と話が続く。
「リアはあの……恋愛とか、したくないの?」
何故かすごく聞きづらそうに恐る恐る尋ねてくる。
恋愛ね……現在進行形で気になる人が真横にいるけれども。なんてね。言わないし、今後も言うつもりはない。
本当にエルシーナは美人過ぎて困る。
「確かに、相手の名前を何も覚えていないというのもある意味すごいな」
「そんなに興味がないんですか?」
男性には興味が無いかな。だからって女性だったら絶対大丈夫かと聞かれるとわかんないんだけど。
女性に好かれたことも付き合ったこともないし。
好きになったことは多々あるんですけどね。恋人になったことは一度もない。同性愛者といえば、同性愛者でしょうね。
でも仲間が同性愛者なのは嫌かな。うーん。
「男性が特別ダメなだけかな……友達としてなら付き合っていけるけど。好きだと言われると気持ち悪くて。人の名前を覚えないのは元から」
言葉は濁しておこう。隠し事はバレなければ無いのと同じだ。言った内容に嘘はないし。
男性でも友達としてならノリと勢いで抱きしめ合っても問題ないんだけど、そこに好意は入れないでほしい。
「そ、そうなんだ……」
「……どうかした?」
「な、なんでもないよ」
エルシーナが何故か考え込むような仕草をする。どうしたんだろう。
エルシーナはモテるだろうな。本人は鈍感なのか自分はモテていないって思っているみたいだけど。
……もしかして贅沢な悩みだと思われているのかな。モテるくせにそれが嫌なんて! って感じで。さすがにないかな。
「リアはまだ子供だしな。あまり恋愛について理解できていないのかもしれん」
「そうですね。これからですよきっと」
そうね。さすがにこの年で恋だの愛だの語るのは早いよね。中身はもう少し年取ってるんだけど、外見に引っ張られてるのかあんまり年取ってる感じがしなくて。
いや、むしろ私はこれ以上精神的に成長しないのかもしれない。生まれ変わろうが、年を取ろうが本質は変わらないということだろうか。悲しい事実。
「そうだね。まだ恋をするには子供すぎるよ」
私の中身はいつまで経っても子供のままのようだ。
恋をするのは幸せで好きだけど、恋心を誰かに知られたくはない。
今あるこの小さな想いだって、いつか消えてなくなるだろう。それまで隠し通せばいい。
また誰かを傷つけるのはごめんだ。
「そういえば今更なんだけど」
「んー?」
これを今更聞くのは大分遅い気がするけど。
「三人はなんで旅してるの?」
「本当に今更だな」
「この話最初にするべきですよね」
「そういえば話してなかったね」
いやホント、旅に同行する約束をする前に訊くことだよね。
まあ同行の目的はこの腕だからさ。向こうが了承済みな時点で急ぐ旅じゃないとは思ってたけど。
「私はまだ見ぬ魔法を探求し、いつか誰にも到達できていない究極の魔法を生み出すために旅をしている」
セレニアが自身の夢を語る。目がキラキラと輝いていて、それだけでその本気度が窺える。
「なんか物騒だけど、セレニアらしいね」
「ふふ、リアの腕はその第一歩だ」
ニコってしながらも目が本気。獲物を狙う目をしている。
確かに、女神様が作ったこの魔力回路は今まで誰にも創り出せていないものだろうね。究極の魔法ね……どんなものだろう。
「二人は?」
「エルフの国がつまらないから出てきたのよ」
「そうですね。国を出ようとしていたセレニアに便乗して出てきた形ですね」
エルシーナとクラリッサは目的があって旅をしているというよりも、国を出るために旅を始めたようだ。
「エルフの国……ってどんなところなの?」
エルフって森の民ってイメージなんだけど、村の集合体みたいな国じゃなくて、ちゃんと文明があるのかな。
「人が少なくて閉鎖的だけど、魔道具とかも普通に出回ってるし、冒険者ギルドだってあるし、特段変わったところはないよ。居るのはエルフばっかりってくらい」
「エルフは魔法が使えることに誇りを持っている奴が多くてな。魔法が使えない者はそれだけで見下されることが多い。そういう魔法を使えない者達が国を出るから更に悪化していくんだ。あそこは枯れた年寄りが暮らす場所だ」
普通の街って感じがするけど、そこに住んでる人は田舎の老人みたいなイメージ?
なんだかセレニアの言葉には棘を感じるな。エルフの国が嫌いなのかな?
エルフの魔力量は多いし、魔力量が多いなら魔法の才能もすごいんだろうって大半の人は思うからなぁ。そういうイメージもよくないのかな。
「でも二人は使えるじゃない……」
エルシーナは強化魔法が使えるし、クラリッサは水と回復魔法が使えるんだよね。ちゃんと使えるなら見下されることなんてないじゃない。
それとも本当につまらないから出てきただけかな。
「魔法の適性は使ってみないとわかりませんからね……ワタシは水が使えましたので大丈夫でしたが、エルシーナさんは強化魔法が使えるようになるまでは……」
「あ……」
比較的すぐに調べられる四属性が何にも使えない。エルフなのに魔法が使えない、それだけで見下される。
彼女が国で一体どんな扱いを受けてきたのか……。胸が痛む。こんなに優しくて素敵な人なのに。
「もうっそんな顔しないでよ」
「わぁ」
エルシーナが頭を乱暴に撫でてくる。その動作が、なんだか誤魔化されているようで。
「昔のことだよ。もう気にしてないから」
彼女の表情は明るくて、昔のことを気にしているようには見えないけど……。本当に、そうなのかな。
未だに私の頭を撫でているエルシーナの手を取る。父のようなゴツゴツした手ではないけど、豆の痕や細かい傷がいくつかある、大きくて綺麗な手だ。
きっとこの手の傷には、彼女が周りを見返したいと努力してできたものもあるんだろう。
人は生まれを選べない。例えそれが、生まれ変わった人生だとしても、いつ、どこで、どんな環境で、どんな才能を持って生まれてくるかは、選べないんだ。
自分で選んだものではないのに、それを馬鹿にされて蔑まれるのは、まさに不幸と言っていいと私は思う。
彼女は私に同情されたいなんて思っていないだろう。それならかける言葉は『可哀想』ではない。
「私は、今のエルシーナしか知らないけど」
今はエルフの国での出来事に何とも思っていないのかもしれないけど、昔はそうじゃなかったかもしれない。
過去のことを根掘り葉掘り聞く気なんてないし、まだ私たちの付き合いは浅いから、大それたことなんて言えない。
でも、今私が知っているエルシーナはとっても素敵な人なんだと、私がそう思っていることを彼女自身に知っていてほしい。
彼女の手を両手で優しく包み込むように握りながら、安心させるように柔らかく微笑んで、続ける。
「強くてかっこよくて、優しくて面倒見のいい、素敵な人だって知ってるから」
どうか、彼女のこれからが幸福で満ち溢れていてくれますように。
「私は、今のエルシーナが好きだよ」




