第211話 勘違い?
大変遅くなりました
宙に浮いていた人物はゆっくりと、三人の人攫いの前に降りてきた。
まさか私に殺気を向けた例の不審人物が、人攫いどもの一人だったなんて。
「大神官様。我々まで巻き添えになってしまいます」
「ふん。そうなれば避けられぬ貴様らが悪いだけだ」
大神官? やっぱり、女神様の……?
声を聞く感じ、この人物も男だな。
でもこの声、どこかで聞いたような……いや、エルフたちは特に反応していないようだから気のせいかも。
「くくっ、まさかそちらから出向いてくれるとはな」
あの言葉は、間違いなく私に向けている言葉だ。狙っているはずのエルフではなく、私に。
「街中で悪意振りまいてた人だ」
仲間にだけ聞こえるほど小さな声で伝えておく。視界には入らないけど、エルフ三人に緊張が走ったのがわかった。
私を狙っている、のは確かなようだけど……顔も見えないし、そもそも成人男性の知り合いは多くない。
やっぱり女神様の関係者の線が濃厚かな。
女神様に裏切られちゃったのかな。それとももっと他の、私が気が付いていない何かがある?
「お前たちの狙いは何だ?」
セレニアが人攫いどもに問いかける。素直に答えてくれないだろうけど。
「死にゆくお前らには関係のないことだが……我らが神の思し召しだ」
そう言って大神官と呼ばれていた男が手をこちらに向ける。その手に嫌な感じが――
「手から魔法!?」
瞬時に何が起きるのか把握し回避行動を取る。
あの男の手から無数の風の刃が飛んできて、近くの草木を切り落としていった。
その切れ味は鉄の鎧なんて真っ二つにできそうな程強力だ。私たちの装備は動き重視の軽装備だから、当たったらひとたまりもない。
誰も当たらなくてよかったけど、油断はできない。
その男の攻撃を皮切りに、背後にいた人攫いどもも魔法を放ってくる。すかさず障壁を展開して防いでいく。
「腕に魔力回路があるということか」
反撃に、とセレニアが魔法を放ちながら呟く。
腕に魔力回路。つまり私と同じ。そして大神官と呼ばれている。
一番嫌な真実が暴き出されてしまいそうで、不安が胸の内に膨らんでいく。
でも、ここで私がやられる覚悟を決めてしまったら、一緒にいるエルフたちまで巻き込んでしまう。
それはいやだ。大事な人達を、誰かの身勝手で死なせてしまうわけにはいかない。
だから今は戦う。戦って真意を問いただして、その後のことはそれから考えれば良い。
「大神官とやらを生け捕りにできればいいけど……一番手強そう」
「生け捕りは二の次だ。殺す気でいくぞ」
私の呟きにセレニアが反応を返してくる。その声には不安も焦りもない。我らがリーダーはこういう時とても頼りになる。
「いつも通り、だ」
「「「了解」」」
いつも通りの戦いをする。それが私たちの最善だ。
向こうは魔法使い三人近接一人になるかと思いきや、全員が近接戦闘にも長けているようだ。
先ほどの闇魔法で爛れた地面に触れぬよう、戦場を少しずつ移動しながら迎え撃つ。
戦場の真ん中でエルシーナが舞うように剣を振るい、クラリッサが金棒を振り回し、私が障壁魔法を展開する。後ろではセレニアが魔法で援護をする。
これが私たちのいつも通り、なのだけれど。
「死ねぇ!!」
あの大神官と呼ばれた男は私を狙い撃ちしてくる。明らかに最優先で私を殺そうとしているのがわかる程の執着っぷり。
おかげで他の三人との連携が取れず、一対一での戦いになってきてしまっている。
大神官の手から出てくる魔法は今のところ4種類。風、土、闇が主で、火は周りへの燃え移りを避けるためかあまり使ってこない。それはこちらも同じだけど。
特にあの闇魔法が厄介だ。どの属性よりも強力な上、掠るだけでも毒素に体が蝕まれる。
しかも体術も得意らしく、時折近接戦闘を仕掛けてくる。相手の拳を防いでいると、手から魔法が飛び出してくるのだ。
障壁魔法だけではなく剣も振るいながら程よい距離を保つ。
遠距離も短距離も攻撃手段がある、それがこんなにも厄介だとは。なんとも戦いづらい相手だ。
この状況を打開するにはどうするか。
「くくく、お前を殺せばあのお方の復活にまた一歩近づくことができる」
うーん……この大神官が言う言葉を聞くに、私の知っている女神様の話に思えなくなってきたんだよなぁ。
いっそ聞いてみるか?
少しばかり距離を取り、大神官と名乗る男に問う。
「お前の言うあのお方って誰だ? 女神様のことか?」
「違う!!!」
「!?」
私の問いかけを聞いた途端、激昂し始めた男の手から特大の炎が放出された。周りの被害なんて何も考えてなさそうな一撃だ。
慌てて障壁魔法を展開。叩き潰すように消火をする。
無事にかき消すことができたけど、とんでもなく魔力消費をさせられた。一体何なんだ?
「女神だと……あんな偽りの女神が唯一神などと……!」
フードで見えずとも、身体を震わせながら私を睨みつけているのがわかる。
ここまではっきりと否定されると、さっきまで自分が抱えていた不安が……ただの勘違いになってしまうのだけど。
その方がいいとは思うけど、なんだかあっけなさ過ぎて、情けなくなる。
「女神様じゃないなら……もしかして邪神?」
「否! あのお方こと真の神! 真の神を邪神と呼び、封印した女神こそが邪神と呼ばれるに相応しき存在だ!!」
じゃ、邪教信仰ってことか……。あーそういうことねぇ。そっちかぁ。
やっぱり、私の勘違い? そういうことで、本当にいいのかな……?
仮に大神官の言葉通りだとして、私別に関係なくない?
「なんで私を狙う?」
「悪しき女神の使徒である貴様の存在は、真の神の復活の妨げになるとお告げを頂いた……故に死ね!!」
「うわ!」
話終わるや否や風魔法が飛んでくる。どうにか躱すけど、服に切れ込みが入るほどギリギリだ。
それにしても使徒ってなんだ? 与えられた覚えも、名乗った覚えもないんだけど。
なんでこんな大事になりそうな事件が起きているのに、女神様は何も言ってくれなかったんだろう。
おそらくこの大神官という男は、女神様が封印した邪神を信仰していて、邪神の復活を目論んでいる。
そして何故かそのためには私の存在が邪魔になると。わけわからんぞ。
「攫ったエルフはどうした」
「アレらはあのお方への供物となったのだ……きっとご満足いただけたことだろう」
先ほどとは打って変わって、なんともねっとりとした気持ち悪い声だ。さぞ恍惚な表情をしているんだろうね。フードで見えないけど、見たくもない。
供物、か。生きている可能性がグッと低くなったな。
それでも、こいつらのアジトがどこにあるのか聞き出して探し出さないと。
こういう邪教信仰には禍々しい祭壇とかがありそうだ。
そのためには、問答よりも身体を動かさないと、ね!




