第210話 出会った人物は
森の奥、例の悪人たちが襲ってきたという場所……だと思う。その辺に来た。
「別に目印があるわけでもないから、この辺かなってだけなのよね」
「歩いていればそのうち見つかりますよ」
楽観的なクラリッサの意見に苦笑いするけど、それ以外にすることもない。このまま歩き続けよう。
森の中だと獣系の魔物も出てくるので、それを退けながら移動する。
久々のお肉だね。この近辺にはゴーレムばかりが出現するから、お肉に出会える日はあまりない。
だからか他の街なんかに比べたら、少しお高い値段で買い取ってくれるのでいい収入源になる。
そんなことをしながら歩き回ること幾ばくか、唐突にその瞬間が訪れた。
――ゾクリ
見られている感覚。少しの寒気と嫌な感覚。いつもの悪意だけど……人のものだと思う。
言葉も無く腰に携えている剣の柄に触る。魔物の場合は魔物だと言うけれど、人間相手なら声は出さない。それで仲間は察してくれる。
「先ほど渡したあれは持っているな? 念のためすぐに使えるようにな」
セレニアから先ほど渡された例のものを、悩んだ末に口に含む。
他の三人も口に入れているので問題なさそうだ。
こちらの準備は万端。その間も悪意が近づいて来ているのがわかる。
悩んだけど剣はそのままに、障壁魔法の杖を取り出して構えた。
木の向こうから黒いローブに身を包んだ人物が三人、こちらに向かってきた。あれが例の人攫いかな。
その先頭を走る人物が、突如何かを投げる仕草をするのが見えた。
「ごくっ……あれ落とす!」
「了解! 援護するよ!」
口の中のものを飲み込み、障壁魔法に魔力を込める。
四角い障壁を、長く長く伸ばすイメージ。まるで如意棒のように伸びた障壁で、投げられた得体の知れない瓶を叩き割った。
パリンと音が聞こえ、敵も味方も吸い込みかねない距離に粉が舞い落ちる。
が、この場に居る誰もがそれを気に留めない。誰にも効果は起きない。
舞っているこれは、懐かしのイネスターフライの鱗粉だ。
この人攫いたちがイネスターフライの鱗粉を使ってくるという情報は、すでに耳に届いている。
おそらくエルフが捕まるのは、これを不意打ちでくらってしまったからだろうと。
なので、事前にセレニアに渡されていたのがイネスターフライの鱗粉の中和剤だ。事前にでも飲んでおけばイネスターフライの鱗粉は効かなくなる。
予想通りの結果だね。ちゃんと全員飲んでいたおかげで、誰にも効かずに済んだ。それは敵も同じようだけど。
イネスターフライの鱗粉、懐かしいね。エルフたちとの出会いを思い出すよ。
今はそんな暇はないんだけどさ。
「ちっ! 殺してもいいから捕まえろ!」
ローブを着ているから性別もわからないけど、先頭の人物が挙げた声は男のものだ。
それより殺してもいいって言ってるな。別に生捕しなければいけないわけではなかったってこと?
まあいい、それは後でコイツらをとっ捕まえてから聞き出そう。
先頭で障壁魔法の杖を振り下ろしている私に向こうは狙いを定めているが、すぐさま後ろからセレニアの風魔法が飛んでくる。
私の身体にギリギリ当たらない位置を通過して、敵へと飛んでいくのである。
これ何度も体験しているから慣れたけど、最初のころはなかなか怖かったな。
「ふん!」
ローブ姿の動きづらそうな見た目とは裏腹に、飛んでいった風魔法は難なく避けられる。そしてすぐさまお返しにと土魔法が飛んできた。
敵は全員同じローブを着ているせいで区別がつきにくい。
杖を持っているのが二人。もう一人は剣を取り出したけど、全員魔法も近接武器も使えると思っておいた方がいいかもしれない。
鋭い土魔法のつぶてを障壁で受け止めて消す。下手に避けると誰かに当たってしまうかもしれないからね。
剣を持つ敵が接近してくるのを、エルシーナが迎え撃つ。エルシーナが負けるだなんて思わないけど、相手の動きを見るに一筋縄ではいかなさそうだ。
なかなか手強いけど、こちらは四人、向こうは三人。
相手の魔法を私が防ぎ、セレニアが私の後ろから反撃。そしてクラリッサが隙を見て魔法使いに接近してしまえば対処はすぐだ。
あとは魔法がクラリッサに当たらないようタイミングを図って……。
「……!? 上から!? 下がって!!」
突如、危機察知が膨大な害意を感知。確認より先に仲間に声がけをし、人攫いどもと自分たちの間に距離を作る。
一番離れていたエルシーナが退避したのを確認し、上を見る……前に、それは落ちてきた。
「なん…!?」
ほんの一瞬前まで自分たちがいた場所を、深い闇色の光線が侵食する。
「これ、あの時の」
中央大陸で私の足を焼いた悪魔の攻撃。あの闇魔法とそっくり……いや、同じ物、か。
「闇魔法だ……」
あの時ほど長い時間持続することなく、光線自体はすぐに消えていった。
残ったのは焼け爛れたように闇に侵食された地面だけ。明らかに人体に悪影響がありそうな見た目だ。
そして改めて上を見ると、人攫いどもと同じローブを着た人物が宙に浮いていた。
瞬間、理解する。
「う、あ」
強大で凶悪、息が詰まりそうなほど濃厚な、酷い殺気。街中で向けられたあれが、浮いている人物から放たれていた。




