第207話 私との関係性
飛び込むように家に入り、玄関のドアを閉める。
「はあ、はあ……」
走ったからか、はたまた別の理由でか、息が荒く苦しい。いつもならこれくらいで疲れたりなんてしないのに、ドアに寄りかかりながらしゃがみ込んでしまう。
しばらくそのまま動かないでいたら、足音が近づいてきているのがわかった。
「どうしたの?」
玄関が開いたにも関わらず人が入ってこないから不思議に思ったんだろう。エルシーナが様子を見に来たみたいだ。
「気分悪いの?」
「ううん……大丈夫」
エルシーナの顔を見たら少し落ち着いてきた。向こうは心配そうに見ているので申し訳ないけど。
「すー……はあ……」
大きく深呼吸をして立ち上がる。疑問符を頭に浮かべていそうなエルシーナの背中を押してリビングへと入っていく。
もう少し落ち着いたら、みんなに話そう。夕食の時間なら全員集まるだろうし、それまで休んでいようかな。
「またそんな危ないことして!」
「いやぁ……まさか気がつかれるとは思わなくて」
夕飯が終わり、エルフたちに今日の出来事を話す。案の定エルシーナが怒っているけど、迂闊だったとは思っているので仕方ない。
「おかしいですね」
「だよね」
「こちらが姿を確認できていないのに、リアに殺気を向けられる? あまりにも不自然だな」
そうなんだよ、そこが気になる。いろいろ考えたけど、どうやったって無理な話なんだよ。普通なら。
「そうなると考えられるのは、初めからリアが狙いだった可能性だな」
「そうなるよね……」
セレニアの言葉に同意せざるを得ない。
私狙い。果たしてそんなことがあり得るのだろうか。でも、あの殺気は間違いなく私に向けられたものだ。街の外から私に殺気が向くってどういうことって感じではあるけど。
「心当たりはあるの?」
「ない、けど。冒険者として生きてきて、誰も殺さずにきたわけじゃないし、可能性はあるのかも」
「もしくは」
身に覚えのない心当たりを探していると、セレニアがもう一つの可能性を示唆した。
「リアと同じ、危険を察知できる魔法を持っている可能性だ」
「そ、れは……」
危機察知の魔力回路を、私以外にも持っている人がいる?
そんなこと……。
「私以外に……?」
この魔法を持っているってことは、それはつまり。
女神様からこの魔法を貰った人が、私以外に、この世界に存在しているってこと?
そんな話、聞いたことない。
「でも……あり得ない話じゃない……」
私は女神様にたくさん懇意にしてもらっていた。でもそれが、私だけだなんて一言も言われてない。
そうだよ、何を勘違いしていたんだろう。女神様なんだから、その愛情が分け隔てなく与えられていても不思議じゃない。むしろそれが当然なんだ。
でもそれが真実だとしたら、私は……女神様に敵対されているってこと……?
違う、そんなわけない。そんなわけないって信じてる。新しい人生をくれた方が、今度は殺しに来てる? わけわかんないでしょ。
ただ単に女神様に懇意にしてもらったけど、それとこれとは別ってことで犯罪行為に手を染める人だっているかもしれない。
それに、もしかしたら自分の手で危機察知に近い魔法を生み出した可能性だってあるんだし。きっと大丈夫。
今度神殿に行っていろいろ聞いてみよう。もしかしたら、女神様にとっても何か悪いことが起きているのかもしれないから。
「リア? 大丈夫?」
「ん……平気」
エルシーナに頭を撫でられて思考の海から浮上する。こういうの子供っぽいけど、少し安心するなぁ。
「他にその魔法と同じものを持っている人に心当たりはないんですか?」
「ちょっと、わかんないかな」
心当たりはないけど、私みたいな転生者とかって、もしかしたらいるのかもなぁ。もし殺気を向けてきた人が転生者だったら、余計に悪意を向けられる意味がわかんなくなるけど。
「製作者に連絡をとったりすることは?」
「……今度、聞いてみるよ」
「とれるの?」
「その辺りは、あんまり教えられない」
みんなでいろいろ聞いてくるけど、答えられないことばかりだ。なんだか申し訳ない。
いつか私と女神様との関係性を話す時が来るのかな。聞かされたこの人たちはどんな反応をするんだろう。
「まあ、言えないものは仕方ない。何かわかったことができたら情報共有してくれ。それと、しばらくは一人での外出は避けるようにな」
「わかった」
もう街中でさえも安全ではないかもしれない。今までは街の中だったら自由に過ごせていたのに、不便な事態になっちゃったな。
その日の夜、夢を見た。
悲惨で醜い、無様で滑稽な、前世の死にざまをまじまじと見させられる夢。
「こんな世界ぶっ壊れちまえばいいんだ!!」
「お前ら全員爆弾でぶっとんじまえ!!」
そうそう、こんな言葉を吐いていた気がする。
懐かしのショッピングモールのど真ん中。
私が立っていた位置から、そう遠くない場所で爆弾を抱えている男。
中背の、少し細身な、どこにでもいるごく平凡なおじさん。顔ものっぺりとしている冴えない人。
私を殺した張本人。
顔なんて覚えてないって思ってたんだけどな。案外恨んでいるのかもしれない。
そういえばこの人ってどうなったんだろう。
死んだのかな。捕まったのかな。
……地獄に、落ちたのかな。
周りの人が逃げ出す中、一人倒れて踏みつぶされている私。
誰もいないのに、逃げ出すこともできない。
「なんでそんなことするのかな」
爆弾を抱えている私を見ながら呟く。
ばかばかしい。誰も助けてなんてくれなかったのに、誰のために死ぬ気なんだか。
見たくないのに、瞼が、視線が動かない。
私って、あんなに醜い顔で死んだんだなぁ。
――リア
「リア?」
「……ん」
目を覚ますとエルシーナが私の顔を覗き込んでいる。
「大丈夫? うなされてたみたいだったから……」
「……ん、ありがとう。だいじょうぶ」
どうやら起こしてくれたみたいだ。気分の悪い夢だったからよかった。
身体を起こす気にもならなくて、そのまま横になっていたらエルシーナの手が顔に伸びてきた。
指が優しく肌を撫でる。その時初めて自分が泣いていることに気が付いた。
「怖い夢見たの?」
「……どうだろうね」
エルシーナの手をやんわりと払い、自分の服の袖で涙を拭う。
少しだけ悲しい表情を浮かべながら手を引っ込めたエルシーナだけど、何も言われなかった。私も何も言わなかった。口を開く気にもならなかった。
窓の外を見ると、もうすぐ夜明けのようだ。長い時間寝ていたはずなのに、まるで一睡もしていないかのように身体が重い。
もう終わったことのはずなのに、夢に出てきた男の顔が脳裏に焼き付いて、いつまでも消えてくれなかった。




