第204話 知らないところで感謝されていた
鉄を一回だけ斬れたあの日からも、変わらず毎日剣を振っている。だけど、そう簡単には物事は進まない。
ただ一月後には途中で刃が止まったりせずに真っ二つにできたことから、確実に成長はしている。
それでも毎日斬れるというわけじゃないし、動きながら斬るなんてとてもとても。
やっぱりエルシーナが言っていたように、ここからが長いんだろうね。でも絶対に凄腕の剣士になってやる。
とりあえず、一応は斬れるようにはなってきたわけだ。そんなわけでちょっとね、そろそろ剣という媒体の方を拘っていきたいかなと思いまして。
まずはシェイのところに出向いて進捗を聞きにきたわけですよ。
刀の依頼をしてからずいぶんと時間が経ったけど、未だに出来上がっていない。
見た目はだいぶ良くなってきたんだけど、やっぱり本物の作り方を知らないから結局はまがい物にしかならない。
私としては全く同じ物なんて無理だと思うから、それっぽければ構わないんだけど。シェイ的には満足いかないみたいで。
半人前でも職人としての矜持があるんでしょうね。
まだ時間がかかるって言われてからもう半年以上かな。音沙汰がなかったので見に来たのだ。
「シェイさんいますかー?」
「ああ、リアさんこんにちは。シェイですね」
お店に入って大きめの声で尋ねてみると、すぐにシェイの親父さんが出てきた。
私の姿を確認すると、すぐに奥に引っ込んでいく。
「おーい、客間にシェイを呼んでこい」
「はい!」
お弟子さんらしき若い男性の返事がした後、奥から親父さんが戻ってくる。
「すぐに来ますんで、こちらへどうぞ」
「お邪魔します」
親父さんの後へと続き、奥へとお邪魔させてもらう。ここに来た時のいつもの流れだ。
「リアさん」
「なんですか?」
「ありがとうございます」
「へ?」
客間へと向かいながら前を歩く親父さんが突然振り返り、私を見てお礼を言った。
予想だにしないお礼にまぬけな声が出たけど、お礼を言われるような心当たりは全くない。
むしろシェイに仕事の依頼をしたから、疎ましく思われているんじゃないかと思っていたんだけど。
「何かしましたっけ?」
「いやぁ、実はですね、シェイのことなんですが。あいつ、貴女に依頼された剣造りが上手くいかなくて、基礎の部分から学び直しているんですよ」
「へー」
親父さん曰く、上手くいかないのは基礎が足りないからではないかと、自分自身でそこに思い至ったらしい。
資料を読み漁ったり、基本の剣なんかを打ったりして日々学び直しながら刀造りに励んでいるそう。
それで時間がかかってるのかな?
「基本の大事さを自分で気がつけたのは、リアさんの依頼があってこそです。ありがとうございます」
「シェイが真剣に剣を造ることに向き合ったからですよ」
私にお礼を言うのはちょっと違う気もするけど、良い方向に向かったんならきっかけとしては良かったのかな。
初めて人に渡す剣を造ることになったから、真面目にやらないとダメだと気が付けたんでしょうね。
私としては親父さんに恨まれずに済んでよかったですよ。
そんな話をしながら客間に着く。
「それじゃあゆっくりしていってください」
そう言って親父さんは客間から出て行った。
椅子に座りながら待っていると、数分と待たずに足音が聞こえてくる。
シェイがお茶を持ちながら客間に入って来た。
「よぉ。何しに来たんだ?」
「依頼主に何しに来たはないだろ……」
「だってまだできてねぇぞ」
お茶を私の前に置いて対面にシェイが座る。相変わらず口が悪いね。
「進捗を聞きに来たんだよ。ずっと音沙汰なかったし」
「それもそうか。つってもな、特段変わったことは起きてないんだよ」
「ふーん。でも成長はしているらしいじゃん?」
口角を上げながらさっき親父さんに聞いた話を思い出す。
そんな私を見てシェイは苦虫を噛み潰したように口を開く。
「ちっ……親父になんか聞いたな?」
「良いことでしょ? シェイには期待してるんだよ。私も親父さんもね」
気にかけるのは親子だから、だけじゃないはずだ。
弟子としても立派になって欲しいんだと思うよ。そうじゃなかったら喧嘩をしてぶつかり合うなんてこともないはず。
ま、勝手な憶測だけど。
「……仕事が早くなるわけじゃないぞ」
「はは。納期は決めてないよ。それよりどうなん? 進捗は」
褒めて仕事が早くなるなら嬉しいけどね。別に急いでいるわけじゃないから。
さて、本題の方を聞かせてもらおうかな。
「アンタが言ってたコツってやつをいろいろ試してみてるよ。もう少しで一応形にはなるんじゃないかってとこだ」
「おー。いいね」
前に確かいろいろ言ったなぁ。うろ覚えの知識を形にしてくれているんだね。出来上がりが楽しみだ。
「今作ってるのが終わったら他の剣も作ってみてよ」
「そんなにいっぱい剣ばっかり必要か?」
「ふふふ、実は鉄が斬れるようになってきてねー」
その後も雑談混じりに要望を伝えたり。
「シェイってまだ23歳なの!?」
「言ってなかったか? てか、まだってなんだよ」
「一回りくらい違うかと思ってたんだけど」
「そんなに老けてねぇ」
お互いのことを知ったりして楽しいひとときを過ごした。
エルフたちとはまた違ったタイプの性格をしているから、私の口調も少し軽くなる。たまにはこういう時間も悪くないね。
剣の出来具合にもよるだろうけど、今後も専属鍛冶師として付き合いを続けていっても良いかもしれない。
まずは一本作ってくれないと始まらないんだけどさ、きっとシェイなら作り上げてくれるはずだから大丈夫だ。




