第191話 ひとまず保留
コンコン
突然部屋の扉がノックされる。
基本的に、この部屋には私とセレニア以外が入ることはない。物が散乱したままのこともよくあるので、変に触られても困るからだ。
そんな作業部屋の扉がちょっとだけ開き、エルシーナが顔をのぞかせている。
「なんかすごい音したけど、どうしたの?」
どうやら先ほどの実験で発生した音が気になり、エルシーナが声をかけに来たようだ。うーん、そんなに大きな音だったのね。
「だいじょうぶー。また鳴ると思うけど、気にしないで」
「わかった。でもほどほどにしてよ」
「気を付けるよ」
気を付けようがないんだけどね。この音は小さくする方法がないので。
エルシーナが扉を閉じて去っていったので、実験の再開だ。
でも庭でやろうかな。いやでも騒音が……この辺鍛冶屋が近くてうるさいから別に平気か。
「さてさて、もう一回やりますよ」
「ふむ。これで走るのか?」
車の模型に括り付けられたパルスジェットエンジンの容器。水を入れたバケツと道路代わりの木の板。これらを用意して庭に出る。
今から火をつけるところで、その様子をセレニアが興味深そうに見ている。せっかくなので受け止める役をお願いした。
「容器は熱いから触らないようにね」
「わかった。板を壁代わりにでもすればいいか」
木製道路の先で板を持って構えているセレニア。落ちなければ大丈夫だろう。
燃えているから地面に落ちて草に燃え移ったら危ない。念のため水入りバケツを用意したけど。
「いくよー。点火!」
火を容器に突っ込む。
大きな破裂音が鳴り響き、容器の中で炎が激しく燃える。中のガスが燃えているのだ。
噴出するガスの反動で推進力が生まれ、括り付けられた車が勢いよく動いていく。
「おお、これはすごいな」
私の手元にあった車は、あっという間に反対側にいるセレニアのところまで届く。
勢いよく動いては行ったが、そこまでスピードが出ているわけではない。
前世で言うなら玩具のミニカーくらいの速さだ。あれプルバックカーって言うらしいね。前世で親戚の子とアレで遊んだ時に、名前が気になって調べたのが懐かしい。
全体的に小さいサイズで実験を行ったからではあると思うけど、これはもっと速くなるものなのだろうか。
「これを四人乗りの車で作る、か……」
「うん。どう思う?」
「歯車が付いているならともかく、浮かせてしまった場合止まるのに苦労しそうだな」
あー、確かにね。浮かせればブレーキをかける方法がない。速さを求めればその分、完全に止まるまで時間と距離がかかる。
「そもそも、他に人や馬車が街道を通っている可能性もある。あまり速すぎては危険だろう。これは人気のない場所を移動する際に使う方がいいかもしれないな」
それもそうだ。
じゃあ普段は別の方法で動かして、スピードを出せそうな場所でのみ、このエンジンを使う。そんな感じで設計していこうかな。
めっちゃ高く車を浮かせてしまえばそれも気にならないのかもしれない。でも自分たちが危ないか。
そもそもまともなタイヤがあればこれは使わないんだけど、一応ブレーキは考えておこう。タイヤがあるならモーターの方を作るから。
仮にこのエンジンを車に使うとして、サイズを大きくする場合自作では限界がある。
「これを作ってくれる鍛冶屋さんいるかな」
本格的に作らなければいけなくなった場合は探してみてもいいな。
でもまずは今度車を売っているお店か、できることなら作っている工場を見に行きたい。
エンジンは他の何かに使えるかもしれないけど、それまでは放置でいい。
「これは魔力に頼らない力だろう? 誰かしら興味を持ってくれるさ」
模型車に取り付けられた簡素なエンジンを、興味深そうに見ているセレニアの一言に引っ掛かりを覚える。
魔力を使わない力、ね。
この世界はまだまだ発展途上だな。と、いうよりも、発展する初期段階で魔道具という便利なものが手に入ってしまった世界って感じ。
原始的な火打石の次にガスライターを手に入れたような、そんな歪で飛躍的な進化をしてきたかのよう。
洗濯は手洗いだったのに、船は魔力を使って動かすプロペラが搭載されていた。技術が足並みを揃えていないように感じるのは、気のせいじゃないだろう。
魔力回路がどうやって世界に広まったのかは知らないけど、徐々に知識を得ていったようには思えない。
女神様とかが何かをしたんじゃないか、というのは私の勝手な想像だけど、そんなに外れていない気がする。
そうだとしたら、この世界は神様の箱庭って感じ、だね。




