第182話 新しい剣
今日も朝から剣を振る。
体力作りや筋トレを済ませた後は、ひたすら剣を振る。素振りを百回、エルシーナの剣術をイメージしながら振り続ける。
「ふぅー……」
良くは、なっていると思う。
「……よし」
簡単な作りだけれど、ちょうどいい高さの台の上にアイアンゴーレムの欠片を置く。動かないように固定をして、準備は完了。
剣を構えて静止し、大きく深呼吸をする。
腕の身体強化を使いながら、一気に鉄を目掛けて剣を振り下ろした。
ガキィン
「む、ぐぅ……」
金属と金属がぶつかる音がして、振り下ろした剣が弾かれる。
こんなの今に始まったことじゃない。一度や二度失敗したくらいで諦めたりはしない。
もう一度振り下ろす。弾かれる。
二回目、三回目、四回目……。
「あ」
バキン、と大きな音がして地面に何かが刺さる音がする。
何かではないな。剣の刀身だ。
「折れちゃった……」
ものの見事に剣は真っ二つになってしまった。それでもアイアンゴーレムの欠片には細かい傷くらいしかついていない。
「あれだけぶつけていれば折れもするでしょう」
後ろからクラリッサが近づきながら話しかけてくる。
ここは家の庭で、すぐ近くではクラリッサがトレーニングをしていたのだ。良かった、刺さらなくて。
実はこれ、二度目なのである。この街に来るまで使っていた剣は前に折れてしまい、これは新しくその辺で買ってきたものだ。
最近は杖での戦闘ばかりをしているので、剣の出番は少ない。今は剣の良し悪しにこだわらなくてもいいのだ。
もちろん命を預けるものだから多少は選ぶけれど。
また折りそうだと思っていたけど、案外早かったな。鉄を斬れないのは武器のせい……ではないんだろうなぁ。力任せに振り下ろしすぎなのか。
「うーん……いっそ形を変えてみるかなぁ」
もっとこう、切ることや速さに特化したような武器を探してみようか。もちろん、今はもっと剣術の修行をするべき時間だとは思うけど。物は試しってやつよ。
新しい剣を探しに行くついでに、そういうのも探してみようかな。
「ちょっと買い物行ってくる」
「いってらっしゃい」
折れた剣を拾い、クラリッサに見送られながら家を出る。
この前フードプロセッサーを売ったお金があるから、ちょっと良い武器を探してみようかな。
鍛治エリアをぶらぶらと当てもなく歩き回る。
一応剣を作っている鍛冶屋を中心に見て回っているけど、店頭に並んでいる剣を見たところで違いなんてわかりもしない。
鍛冶ギルドが認可してますよーっていう証明書は貼ってあるけどね。貼り紙を見ただけじゃ鍛冶の腕前なんてわかんないし。
だから、今回は腕はともかく形に拘って見ていくことにしたのだ。
私は今、日本刀を探している。いや、ここに同じ物があるとは思っていないけど。
細くて片刃な剣を作っている鍛冶屋なら、日本刀も作れないかなって思って依頼をしてみようと思い立ち、今探しているところなのだ。
日本刀って折れず、曲がらず、よく斬れるらしいからね。あとカッコいい。ちょっと欲しいなーって思ってた。
無理なら普通の剣を使うまでだ。
もちろんすぐには手に入らないだろうから、普通の剣は買うんだけど。
でも具体的な製法を全然知らないからなぁ。形だけ教えれば作れるものかね?
「うっせぇ!! くそ親父!! どう打とうがアタシの勝手だろ!!」
突然の怒号が響き何事かと思っていたら、すぐ近くの鍛冶屋から人が飛び出していった。
親子喧嘩かな? よくわかんないけど職人って厳しいイメージあるから、きっとよくあることなんだろう。
結構大きな声だったけど、他の店先から誰かが出てくる気配がないもの。日常茶飯事なんでしょう。単純にご近所付き合いが浅いのかもしれないけど。
「女性の鍛治職人かぁ」
声や姿が見えた感じ、さっきの人は女性だったみたいだ。怒号の内容から察するに鍛治職人だろう。
ドワーフなら女性でも人間種の男性より力持ちだし、人間種だとしても別におかしなことじゃない。
せっかくだし、今出てきた鍛冶屋を覗いてみようかな。
開けっ放しの入口から中を覗き込むと、店内には武器が並んでいる。販売もしているようなので中に入っても大丈夫だろう。
「まったく……ああ、お客さんか。いらっしゃい」
「見てもいいですか?」
「どうぞ」
店内にはドワーフの男性がいて、なんだか疲れた表情をしている。さきほどの女性の喧嘩相手はこの人かな。
「さっきの人はどうされたんですか?」
並んでいる剣や槍なんかを見ながら男性に尋ねる。親子喧嘩だとは思うけど。
「ああ、聞こえてましたか。騒がしくして申し訳ない」
男性は苦笑いをしながら謝罪をして、話を続ける。
「まあ親子喧嘩ですよ。お客さんに聞かせる話じゃないですがね……」
そう言いながらも、お疲れなのか、愚痴を誰かに聞いてほしかったのか、喧嘩の原因を話し始めた。
親父さん曰く、先ほどの女性は娘さん。数年前から鍛冶を始めた。
娘さんは筋は良いけど、基本の剣ではなく変わった形の武器を打ちたがることが多い。
どういうことかと思ったら、鍛冶はまず身近な道具、ハサミとかナイフとかそういったものから始めるものらしい。
それができたら基本の武器を打っていく。そしてそれが売り物になるまで更に十年はかける。
つまり変わった形の武器を打てるのは少なくても十年後ってこと? それはそれは……。
少なくとも、この鍛冶屋では代々そう教わってきたそうで、娘さんにもそうして欲しいと願っている。
だけど、娘さん的には色んな形の武器を作りたいと思って、それを実行しているんだそうだ。
なんで基本の剣を打たない! そんなのアタシの勝手だろ! みたいな喧嘩が日々絶えないらしく、先ほどの喧嘩もそれだと。
「基本ができている分、他のものが打ちたくなる気持ちはわからなくないんですがね……」
娘さん鍛冶の腕は結構才能があるらしく、道具はもちろん、武器の基本もほとんど完璧なんだそう。
それなら好きにさせれば良いんじゃないかと思わなくもないけど。
長年受け継がれてきた、所謂伝統というやつをいきなり変えるのは難しいのかな。伝統だって根拠もなく続いてきたわけじゃないだろうし。
でも十年は長いと思うなぁ。ドワーフって人間種よりは長生きだから気にならないのかな。
うーん、伝統を大事にしたい、色んなことを試したい、どっちの気持ちもわからなくないけど、部外者が口を出す問題でもないね。
「大変ですね」
「すいません、お客さんにこんな話を聞かせてしまい」
「大丈夫ですよ」
申し訳なさそうにする親父さんを慰め、改めて店内に並んでいる武器を見る。
せっかくだし、新しい剣はここで買おうかな。最低でも十数年の修行を経て作り上げたものが並んでいるんだろうから。
「片手剣がほしいんですが」
「ああ、それでしたら……」
良さげな剣を見繕ってもらい、手に持って使い心地を確かめる。これで良いかな。
これを購入することを伝え、代金を支払うと少しだけオマケしてくれた。
「愚痴を聞かせたお詫びです」
親父さんが先ほどよりも明るい表情になったし、私も得をしたし、良いこと尽くめだ。
どの世界どんな種族でも、親っていうのは子に悩まされるものみたいだね。いつかお互いに折り合いがつくといいけど。




