第18話 王都へ行く準備
「うう、本当に行ってしまうのかい」
「ジェームズ、もうその話は済んだでしょ。あとは見守るだけよ」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
ついに私は王都にある魔力回路について学べる学校へと入学することになった。
この前王都まで入学試験を受けに行き、合格をもらえたのだ。
王都へ向かう日はまだ先なのだが、毎日父が悲しむ。やめてほしい。
この二年で貯めたお金を全額入学金に充てるつもりだったが、その稼いだお金は自分のために使いなさいと言われて、両親がお金を用意してしまった。
うう、何でもかんでも頼っちゃってるなあ。
この二年間、きっちり鍛えたおかげで剣も魔法もそれなりのものになった。
前衛がいる状態から魔法使いとして後衛を務めたりといった本格的な修行もこなしたため、前衛後衛どっちも可能な万能型になった。はず。
そして修行をしたからわかる、父とサイラス先生の実力の高さ。私もいつかあれくらい強くなれるだろうか。毎日修行しても何年後だろう。
とにかく、ウルフやゴブリンなどの低級魔物に後れを取ることのない戦闘力を得られたので、この学校への入学、なんと一人で行けることになりました!
学校の寮に入ります!
あの! 父が! 私を一人で王都に住まわせてくれるなんて! 数年前までは考えられなかったよ!
もちろんたまにサイラス先生が王都とガリナを行き来するので、その際に手紙を届けてくれるそうだ。
余程のことがない限り父には王都には来ないように言ってある。言わないと頻繁に会いにきそうだからだ。
学校は一年間だけなので、それくらいの期間我慢していてほしい。
エミリーとロージーといつもの広場でお話をしている。
王都に行くまでそんなに時間はないから、貴重な時間だ。
「リア、王都に行くんだって?」
「うん。一年間向こうにいるよ」
「すごーい。頑張ってね」
「ありがとう」
みんなまだガリナから出たことがない。
年もそうだが、この世界の人は冒険者や商人でもなければ住んでいた街から出ない人の方が多い。
ほとんどの人が一つの街の中で人生を完結する。なんて勿体ないんだろうか。
「レオとフィンレーも本格的に冒険者になっちゃったし、みんな大人になってちゃうのね」
レオとフィンレーは冒険者として順調に活躍しており、ランクもこの前Fに上がったそうだ。
私は父やサイラスさんと一緒の時が多いのでなかなか上がらず、未だにGランクのままだ。
王都に行ったら上げよう。
「エミリーは何かやりたいこと決まった?」
「実はね、知り合いの料理人さんのお店で見習いとして働かせてもらうことになったの」
「すごいじゃない!」
「エミリーちゃん料理人になるの?」
「そうね。続けていけばそうなるかも」
「ロージーはお家の手伝い?」
「そーなの。作るのはあんまりだけど、売るのだったらできるから」
エミリーは料理人、ロージーの家は食器などを作って売っているので、その手伝いをしていくそうだ。みんな着々と大人になっていくね。
この世界には明確に成人年齢というものはない。
平民だと十五歳くらいで大人扱いされることが多い。この世界では労働力というのはいくらいても足りないからね。
貴族の場合は十八歳くらいで成人扱いになるそうだ。
これは貴族の大半が学校に通うことから、学校を卒業する年齢に合わせて成人とする方が都合がいいからだ。
そんなわけで平民である私たちは、これくらいの年から将来について考えていても何ら不思議はない。
しばらく話をしていたら、レオとフィンレーが広場にやってきた。
「レオ、フィンレー。今日は仕事はいいんだ?」
「今日は休みだ」
「たまには休まないとね」
冒険者は身体が資本だ。ちゃんと休息も取らないと足元をすくわれてしまうかもしれない。
二人はもう、父から修行をつけてもらっていない。フィンレーも魔法剣士としての修行は受けていない。自分たちだけで依頼をこなしている。
私と同じで基礎に関しては十分に鍛えてもらったからね。あとは自分たちだけで成長していくしかない。
私が帰ってくるまでにEランクにはなってそうだな。
弟子卒業試験として一人ずつ父と試合をしていたけど、全く歯が立たなかったみたいだ。
勝てなくても卒業だったみたいだけど、勝敗よりも大事な物を教わった! とかなんとかレオが言っていたから満足はしたんだろう。
私はもちろんそんな試験を受けていない。あの父がそんなことをしてくれるはずがない。
「リアは王都に行くんだってな。オレも行ってみてえなー」
「行けばいいじゃない。冒険者なんだから」
「そりゃいつか行くけどよ。今すぐにってのはさすがにお金も…」
確かに王都へ行くにはお金がかかる。乗合馬車でもそれなりだし、歩いていくには遠い。
Fランクになったばかりの二人ではキツイのかもしれない。
それにまだ親がそこまでの遠出を許可していないということもあり得る。
「王都へはもう少しかかるな」
「まあ、私も一年だけの予定だし」
「リアは学校を卒業したらガリナに帰ってくるのかい?」
それなんだよねー。まあ親に何も言わずにいなくなるつもりはないけど、そのまま冒険者として旅にでも出たいな。
「まあ一度は帰ってくるよ。親に何も言わずにいなくなるのはさすがにね」
「それもそうだね」
「卒業したらガリナを出ていく可能性があるの?」
「それはこの一年次第かな」
この入学でようやく先に進める気がするんだ。
やりたいことはいっぱいある。だからこそ、ガリナという鳥かごの中にいつまでもいるつもりはない。
一年後すぐか、そうじゃないかの違いしかない。
「帰ってきたら王都のお話聞かせてね」
「うん。一年後、お土産話を持って帰ってくるよ」
王都に向かうまで、もうすぐだ。
王都へ行く前にサイラス先生に挨拶をしようと思い、会いに行った。
まあこの人の場合、次に会うのは一年後……とかにはならないんだけどね。
「学校の合格祝いにこれをやろう。餞別だ」
それでも一応挨拶に行ったら、いきなりこうなった。
サイラス先生から渡されたのは下級魔法杖を四本。四属性の杖だ。
「え!? こんなのもらえませんよ!」
「ガッハッハ! いいから受け取っておけ。俺にはこんな下級杖なんていらんしな」
「確かにそうかもしれませんけど……」
「こいつらは嬢ちゃんがこの四年間ずっと使ってきた杖だ。持って行ってやらねぇと可哀想だろ?」
「う……」
今までずっとサイラス先生から貸してもらう形だったけど、これからは正式に私の物になるらしい。
修行もつけてもらって杖までもらって。貰いすぎな気がするよ。
「ありがとうございます。大事にします」
「ああ、これからも頑張れよ。まあ嬢ちゃんとはこれからもよく会うだろうが」
サイラス先生も王都に行くもんね。だって度々王都でお仕事をしているんだもの。
そんなサイラス先生に父が私のことを頼まないわけがなく。
父からの手紙を預かってきたら私に届けてくれるそうだ。いいのかこれ。
「弟子も卒業だとは思うが」
「というのは?」
「言葉通りだ。もう俺から嬢ちゃんに魔法について教えられることがない。これからは自己流で強くなるしかない。どうせ王都に行けば一人で冒険者として活動するんだろ?」
ニヤリと笑いながら言い当てられて焦る。ヤバい、父に話されたら何されるかわからん!
「ガッハッハ! なーに、好きにしたらいい。ジェームズにバレても抑えといてやるさ」
「え?」
「こういうのは自己責任ってやつだからな。でも、引き際を間違えんじゃねーぞ」
「――はい。ありがとうございます」
大丈夫、自分の命は大事だ。親から愛情たっぷりに育ててもらったんだ。大事にしないといけない。理解はしている。
「でも卒業は……まだまだ教えてほしいことはあるので人生の師匠でどうですか」
「ガッハッハ! 好きにしろ」
サイラス先生はいつまでも私にとって偉大な師匠なのだ。弟子卒業なんてまだまだ早い。
これからもよろしくお願いします。
「うーん。結構高いんだなあやっぱり」
今日は街に買い物に来ている。
王都に持っていくものは大体揃えてあるし、入寮予定の部屋には最低限の家具が揃えられているらしいので、そんなに大荷物になることはない。
そんなわけだけど、私には持っていきたいものがある。サイラスさんからもらった四本の杖だ。そして剣も。
剣はともかく、さすがに杖を四本も背中に背負っていたら目立つなんてもんじゃないだろう。
だから今私が見ているものは『立体拡張魔道袋』という便利グッズだ。
あれさえあれば武器をむき出しで持ち歩く必要はないだろう。
水の杖なんて攻撃に使えるようなものではなく、水を生成するだけのものだし。
しかしながら、やはりこういう物は高価だ。とてもじゃないが手が出ない。
「素直に鞄を買ってそれに入れていくか……」
それに、私みたいな小娘が魔道袋なんて持っていたら厄介ごとを招きそうだ。やめておこう。
「お金貯まったらいつか自分で買おう」
向こうで冒険者として活動する時間は取れるだろうか。学業に支障が出ない程度にしておかないとなあ。
「さてさて、剣を買いましょうかね」
今まで修行で使っていた剣は父からの借り物だったので、あまり私に合ったものではなかった。それにだいぶん消耗していたし。
剣はこれからは杖と並んで私の命を守る大切な相棒になるのだ。きちんとしたものを選びたい。
といってもオーダーメイドなんてものを買うお金なんてないので、武器屋で既製品を買うわけですけど。
早速武器屋に入ると、あらゆる武器がズラリと並んでいる。
それでも剣が割と多めに置いてあるように見えるから、やっぱり剣は人気なのかな。
「どうした嬢ちゃん。ここは見ての通り武器屋だが」
頑固そうな男性が声をかけてきた。店員かな。
確かに私くらいの見た目じゃあ子供が冷やかしにでも来たと感じてもしょうがないか。
「これでも冒険者なので。軽めの剣はありませんか?」
「嬢ちゃんみたいな可愛い子供が冒険者たぁ物騒な世の中だよなあ。おっと、剣だったな。女性向けの軽めのやつはこの辺だ」
意外といい人なのかも?
教えてもらった棚に近づき剣を見る。うーん。わかってはいたけど、高いなあ。
まあ手持ちで足りるものもちゃんとあるから、買えなくないけどさ。
「持ってみてもいいですか?」
「構わんが、ぶつけるなよ」
了承を得たので、とりあえず手が届く値段の剣で、一番切れ味がよさそうなものを手に取る。
うーん、ちょっと重いかな? でも軽すぎても攻撃力がな……。こっちは少し長いかな。でもこれくらいの方がいいのかな。
あれでもないこれでもないと悩んでいたら、さっきの店員が近づいてきた。そしておもむろに剣を一本手に取ると、私に渡してくる。
「嬢ちゃんにはこれくらいがいいと思うぞ」
「へ? はぁ……そうですか……?」
ひとまず受け取ってみる。あれ、確かにちょうどいい重さかも。
長さもこれくらいなら振り回しやすいかな。切れ味も悪くなさそう。
値段は……うーん、ギリギリなんとか……。
まあ、こういうのは妥協するべきではないし、これにするか。
「いいですね。これにします」
「まいど」
「どうしてこれが良いと思ったんですか?」
「長年この仕事してるとわかってくるもんさ。それより嬢ちゃん、鞘はどうするよ」
あ! 鞘は別料金か……すっかり忘れてた。さすがに鞘代まではないや。
「あーさすがにお金が足りないので鞘はいいです」
「全く。しゃーねぇ、鞘代はいらん。持ってけ」
「いいんですか? ありがとうございます!」
「おう。無理すんなよ」
なんと鞘代はサービスしてくれた! なんていい店、いい人なんだろうか。頑固そうとか思ってごめんなさい。
代金を支払い、鞘に入れられた剣を受け取り、店を後にした。
今度はこれを携帯できるようなベルトを手に入れないとな。
今はお金がないからどうにもできないけど。お金貯まったらすぐに買おう。




