第176話 嬉しいけども
この家に住み始めてから早数日。ようやく掃除が終わり、家としての機能が正常に稼働し始めた。
掃除って拘り始めると止まらないよね。せっかく家具も何もない状態だからと壁も天井も全部綺麗にして、庭もばっちり草むしりを終えた。
結局初日は掃除が終わらなくて買い物に行けず、全員床で寝る羽目になったけど。
四人での生活は特に問題が起きることもなく順調だ。今までも宿で四人だったし、今後も大丈夫だろう。
ただ寝室は部屋の大きさの問題で二部屋に分け、それぞれ二人ずつ使うということになったのだが、部屋割りをどうするかでひと悶着あった。
まだ家具を買う前の時のことだけど、私とセレニア、クラリッサとエルシーナで部屋割りは一旦決まったのだ。
しかし、何故かエルシーナが不服だったらしく、異を唱えてきた。
「リアと一緒が良い」
突然そんなことを言い出して内心とっても驚いたけど、努めて表に出さないようにする。
「でも寝室に来るのが遅くなるかもしれないし、その度に起こされたら嫌でしょ?」
私とセレニアは一部屋空き部屋があるので、そこを魔道具作りのための作業部屋にするつもりだ。もしかしたら夜遅くまで作業することも、エルシーナが眠った後に寝室に入ることもあるかもしれない。
起こしたら悪いからクラリッサとエルシーナで一部屋使ってもらおうってなったのに。
セレニアはむしろ集中すると私よりも長く作業していることも多いから、気にしなくてもいいのだ。
それに腕の魔力回路の分析はいつもベッドで行っているので、それも含めると私とセレニアで寝室を使った方が良いんじゃないかなと思ったんだけど。
そもそも……。
「なんで私?」
いや、嬉しいけどね? 望まれているのは大層幸福なことでございますが。
理由がちょっとわからないというか。
「その……えっと……またこの前みたいなことがあったらアレだし……」
「あー……」
しばらく目線をさまよわせた後に、小声で言われる。
この前のって言うと、マンイーター討伐に一人で行った後の夜のことだよね。
また前世の最期を夢に見て、気分が落ち込むことはあるかもしれないけど……その度にエルシーナを起こして一緒に寝るの?
申し訳なさすぎて心が痛いよ。
もちろんセレニアやクラリッサならいいという話ではなく、私の勝手で他人を起こすべきじゃないって話。
あの日以来夢は見てない……と思うんだけど。朝起きると何も覚えてないし、見ていたとしても夜中に目が覚めなければ問題はない。
何より、エルシーナがそんなことを気にする必要はないよ。
「申し訳ないよ、それは」
「わたしが気になるから。それに、夜中にリアがどこかに行っちゃわないように」
「行かないよぉ」
行かないって約束したもの。誓いました。うん。
「そもそも遅くまで作業しないでちゃんと寝てよ」
ちょっと眉を下げながら、不満そうにこぼされる。正論すぎて何も言えん。
でも正直、エルシーナと一緒の部屋は気が進まない。
だって当然でしょう、こんなにも魅力的なんだもの。着替えとか視界に入れないようにしているし、寝起きの顔とか可愛すぎるもの。
横顔を見ているだけでドキドキするのに、こっち見ながら微笑むとか、私よく態度に出さずにいられているなと自分を褒めたいくらいだよ。
それなりに一緒にいる時間は長くなってきたとはいえ、ふとした仕草って意識するだけでドキドキしちゃうよね。
そんな相手と一緒に寝起きするとか、心臓が止まるって。
でもそこまで言われちゃうと、断る理由が思いつかない。私だって一緒にいたいとは思うのよ。
全く、これ以上好きになっちゃったらどうしたらいいのか。
もう諦めて恋に前向きになるべき?
のめり込み過ぎて他のことに意識が向かなくなるかもしれないけど、今結構我慢できてるんだから大丈夫じゃない?
……こういう意思が弱いところがダメなんだよなぁ。
「うーん……わかったよ」
「ホント? 良かった」
渋々了承したように振る舞う私に笑顔を向けるエルシーナ。
面倒くさい私の子守りをするってことなのに、エルシーナは変わってるなぁ。優しすぎると思う。
そんなわけで結局、私とエルシーナ、セレニアとクラリッサで寝室は振り分けられた。
セレニアとクラリッサは特に興味はなかったらしく、好きにすればいいと言っていた。
まあ寝起きするだけだし、私の方が基本早起きだし。大丈夫でしょう。




