第169話 無事に仲直り
ひとまずエルシーナの不満は解消されただろうか。
まだ膝の上でハグをしたままなんだけど、そろそろ離れてもいいですかね。ドキドキしちゃうんで。
……ガッチリ抑え込まれて動けない状態のまま、エルシーナが話を続ける。
「リアの『危ない』って本当に命の危険があるほどの危ないことだから不安なんだよね。そもそも、なんで一人で勝手に出かけちゃうの?」
「なんでって……」
なんで……なんでだ?
最初は一人の時間を楽しみたいって思って。食べ歩きはともかく、依頼を請けに行ったのはなんでだろう?
一人で依頼を請ければ評価が溜まる。そうすればいつかランクも上がる。でもなんでランクを上げたいんだろう。
Cランクだって私には十二分な肩書だ。これ以上ランクを上げても信用されるか怪しいところだし。
自己承認欲求? そんなものが欲しかったんだっけ?
Bランクに上がったら、何か変わる?
「あっ」
「んー? 何?」
わかったかも……いやでも、これ、かなぁ?
「言ってよ」
「うー……えー……」
「リア」
強めに名前を呼ばれ、しばし唸り声をあげていたけれど、観念して小さく呟いた。
「……置いて行かれたくなかったから、かも……」
エルシーナに催促され、漏れ出た言葉は確かに、私の中にある本音だ。
私だけがCランクでいることが嫌だったから、ランクを上げたかったんじゃないかなって。
「え、わ、わたしたちにってこと?」
なんかもう恥ずかしい! すごいこと言っちゃった気がする!
さっきの不機嫌さはどこへ消えたのか、エルシーナはなんだか上ずったような声で驚いている。
エルシーナが抱擁を解いて顔を見ようとしているのがわかったので、逆に私が強く抱きしめて阻止した。
今絶対顔が赤くなってる。私は子供か!? いやもう子供だわ。言うこと聞かない、守らない。うん、間違いなく子供。
「か、かわいい……ええ……なにそれかわいい……」
かわいいって言い続けながら笑われているのがわかる。うう、言いたくなかった。
「ふ、ふふ。そっかぁ、そっかぁ。寂しかったんだもんね」
「もおぉぉぉ……言わないでいいから!」
「ん~かわいい!」
エルシーナがギューって強く抱きしめてくる。どうやら機嫌は直ったみたい。それならまあ、笑われることは受け入れるしかない。今だけ。
「これからは置いて行かないから大丈夫だよ」
「でもAランクの依頼のときは置いていくでしょ?」
「ん~……やらないから大丈夫」
「いやダメでしょそれは」
依頼拒否するのは無理じゃないかな。
あ、でもギルドのおねえさんが高ランク冒険者は真面目に依頼を受けてくれない人が多いって言ってたな。なら拒否自体は可能なのかも?
「リアの方が大事だから。その時が来たらみんなで話し合えばいいんじゃないかな」
「……そう? それなら、まあ……」
「嬉しい?」
「知らない」
私の返事にエルシーナが笑う。照れ隠しってバレているね。
そこまで気にかけてくれるのは嬉しいけど、申し訳ないな。でも三人が戦場に向かうのに、私だけお留守番は嫌っていうのは本当だからなぁ。
「はあ……」
「リアって本当、かわいいね」
「私はかっこよくなるの!」
「え~? 無理じゃない?」
いつも通りの他愛もない話ができる。よかった、エルシーナの胸の内に気が付けて。いや、気がついてはいなかったな。教えてもらったんだ。
これからはちゃんと他人の様子も注意深く見ていかないとダメだね。知らず知らずの内に傷つけていたなんて嫌だもの。
「無理じゃないもん……機嫌は直った?」
「ふふ、直ったよ。ごめんね」
「いいよ。むしろこっちがごめんね。エルシーナの約束無視したから」
「そうだねえ。全然聞いてくれなかったねえ」
言い方に含みがあるんだよなぁ。いや、悪かったのは間違いなく私なんだけども。
エルシーナが抱きしめる力を弱めたので、素直に離れる。相変わらず膝の上だけれど、ようやくお互いの顔が見られる。
「ごめんね」
「いいよ。……ちゃんと届いてたみたいだし」
「ん?」
「なんでもないよ」
呟かれた言葉はよく聞こえなかった。本人は笑っているし、別にいいのかな。
「リア」
両手で私の頬に触れる。マメができて、ボコボコしているエルシーナの手。今までたくさん努力してきた証。そんな綺麗な手で、私の頬に触れながら嬉しそうに私の名前を呼ぶ。
「これからも一緒にいようね」
「うん。一緒にいよ」
エルシーナの手に、私の手を重ねて言葉を返す。
これから先はエルシーナと、そしてセレニアとクラリッサと一緒に過ごせる時間を大事にしよう。きっと、すごく幸せな毎日になるはずだから。
ここで第5章は完結です。次回から第6章に入ります。たぶん。
第6章はもの作りの話が増えると思います。
引き続き「勇敢な者と呼ばれた私」をよろしくお願いします。




