第164話 琴線に触れたのは
宿屋だけど結構いいお値段のところであるここには、個人で使用できるシャワー室が置いてある。なので、ゆっくりと汗を流せるのだ。
お湯を浴びたら火傷が痛んだので、水のシャワーを頭から浴びる。汚れと一緒に昨日の夢のことも洗い流してしまいたい。
どうしてあんな夢を見たのかはわかっている。
おそらく、ダンさんのことを気にしていたからだと思う。
助ける、助けない、助けられた、助けられなかった、それはもういい。全く気にしていないっていうのはさすがに嘘だけど、そこを気にしていても誰も救われない。
ダンさんが死んだのはダンさんが自身の力を過信、見誤ったせいだ。死んだのは本人の責任であり、そのことを私が気に病んでいても仕方がないこと。
もちろん忘れたりなんてしないし、自分には何にも責任がないなんて言わない。
今後の人生で同じ過ちを繰り返さないように努力を積み重ねていくべきだ。
なんて、綺麗な言葉を並べたけれど、結局はもうどうしようもないことなんだよね。
私が冒険者ギルドでダンさんに会わなければ、密林に行かなければ、マンイーターの討伐に参戦しなければ、果たしてダンさんは今も生きていただろうか。
どうしてあの人たちがマンイーターの眼前にいたのかを、私は知らない。どんな経緯があってあの場所にいたかを知らない私にとって、「あの時ああしていれば」なんてたられば話をしたところで無意味なんだよ。
どんな経緯があったにせよ、その原因の一端に私がいたとしても、結局マンイーターってその場から基本的に動かない魔物だから。会いに行ったのはダンさんたちの方なわけで。
知ったこっちゃない、なんて面向かって言わないけど、必要以上に落ち込むのはむしろダメだと思う。冒険者の生死の責任は本人にある。これが真理だ。
でも……もし仮に、ダンさんに私のように来世があったら、恨まれるのかな。そればっかりはわかんないね。
ここまでダンさんとの死に向き合えたのにも関わらず、何故悪夢など見たかと言うと、気にしていたのはそこじゃないからだ。
私の琴線に触れたのは、ダンさんが死んだ経緯じゃなくて、死んだ瞬間のこと。
マンイーターの胃の中で苦しみもがいていた、死ぬのを待つだけだった哀れな人。
あの様子を見ていたせいで、前世の最期で死ぬのを待つだけだった自分を思い出してしまったから。
そのことがたぶん、私のトラウマを呼び起こしてしまったんだと思う。それだけだ。
水を止めて、シャワー室を出る。タオルで身体を拭きながら、自身が映る鏡が視界に入る。
鏡を見るたびに「生まれ変わった」と認識していたのは、一体何歳までだったか。
顔立ちも、目の色も、髪の色でさえもまるで違う、まさに別人となった私。あと数年もしてしまえば、前世よりも今世の方が長生きになる。
望郷の念がないかと言われると、もちろんある。けれど、前世の私は文字通り爆弾で粉々にされてしまった。
この世界ではたくさん危険な目に遭ってきたけれど、あの時以上の恐怖を、私はまだ味わったことがない。
前世と今世、どっちが怖いかと言われると……わかんないくらいには。当然だよね、死んだ瞬間以上の恐怖なんて早々出会わないもの。
だからといって、恐怖に震えたまま殻に閉じこもった生活をする気はないけど。
「……幸せな人生ってものは、もう手に入ってるんだよね」
愛しい人たちの顔を思い出して、少しだけ口角が上がる。
私の心に根付いているトラウマ。これが消える日が来るかはわからない。でもようやく気が付けた幸福な人生ってものがあれば、時間はかかるだろうけど、多少は癒されてくれるんじゃないかなって思う。
「ははは……なんだか楽しくなってきたなぁ」
単純だけど、今私は幸せだって思えたら、昨日までと同じような毎日なのに昨日よりもずっと楽しく思えてくる。笑えるのなら、大丈夫。
きっとこれから先もこうやって、打ちのめされて膝を抱えてしまう時があるかもしれない。
でもその時はその時だ。臆病者な性格は変えようがないもの。また誰かに甘えてしまうかもしれないけど、その後ちゃんと前を向ければそれでいい。
成長していけばいつか一人で立てる時も来るだろうし。
「はー……お腹すいたっ」
今日は何を食べよう、今日は何の話をしよう、今日はどんなことをしよう。そんなことを考えながら、大好きなエルフたちのいるところへ向かった。
綺麗な感じですけど、まだまだ続きます。
異世界転生/転移、日間ファンタジーランキングに載ってました。すごく嬉しいです。
引き続き当作品をよろしくお願いします。




