第163話 新しい朝
しばらく涙を流したまま無言の時間が過ぎたけれど、ようやく落ち着いてきたと思う。
少なくとも、涙は止まったしエルシーナの顔をちゃんと見られるようにはなった。
薄暗い中、エルシーナと目が合い頭を撫でられる。暖かい手に優しさを感じてまた泣きそうになるけど、もう大丈夫。
「まだ夜中だね。どうしよっか。もう少し寝る?」
こんな夜中だとできることもないし、もうひと眠りしようかな。目は覚めたけど、寝ようと思えば眠れるでしょう。
「そうだね……寝ようかな」
「ああもう、擦らないの」
目元を袖でゴシゴシ拭っていたら、エルシーナに止められる。だって他にないんだもの。
「平気……そういえば、エルシーナは何で起きたの?」
「目が覚めちゃっただけだよ。そしたらリアがいなくてビックリしたの」
「う……ごめん」
もしかしたら物音がうるさくて目が覚めてしまったのかもしれない。過呼吸したり吐いたり騒がしかったもんね、私。
「ふふ、リアが遠くに行ってなくて良かった」
「行かないよぉ」
「行ったんでしょ」
「むぐ……」
返す言葉もない。今更無かったことにはできないし。
エルシーナと話をして、少し気分は楽になったな。
このままベッドに行って眠りたい気分ではあるけど、汗を吸った服が気持ち悪いし、少し寒い。やっぱり着替えようかな。
「ほら、ベッド行こ」
「うん……ちょっと着替えるから、先に寝てていいよ」
着替えは寝室にある魔道袋に入っているから、そこには行くんだけどさ。
とりあえず一緒に寝室に入る。セレニアとクラリッサはまだ眠っているようだから、静かにしないとね。
エルシーナが持っていた灯りを消してベッドに座っているのを横目に、魔道袋から服を取り出して着替える。寝るだけだから、ラフな感じでいいよね。
「着替え終わった? じゃあ寝よっか」
そう言って何故か、私のベッドに潜り込んでくる。なんで?
「どうしたの」
「いや、こっちのセリフだよ」
「またどっか行っちゃわないように、一緒に寝るの」
「ええ……」
困惑する私をよそに、タオルケットをめくりあげて入ってくるように促される。
まあ……いっか。今日くらい。心配も迷惑もかけたし、エルシーナがその方が良いって言うなら。
それに、こうしたらもう嫌な夢を見ないで済むかもしれない。
「お、お邪魔します」
「ふふ、リアのベッドだけどね」
なんだか緊張しちゃって声が上ずってしまった。エルシーナはそんな私を見て面白がっている。
もう、なんでそんなに楽しそうなの。
「おやすみ」
そう言って頭を抱き寄せられ、エルシーナの首元に密着する。
びっくりして抜け出そうとしたけれど、思ったよりもしっかり抑え込まれていて無理そう。
「ちょっと」
「嫌?」
「嫌ではないけど……もういいや、おやすみ」
諦めてそのまま目を閉じる。好きな人に抱きしめられて嫌とか言える人はいない。断言できる。
ドキドキして眠れないかな、なんてこともなく想像以上に精神的に参っていた私は、すっかり寝入ってしまった。
目を開けると、綺麗な顔がこちらを見ている。
「あ、起きた? おはよう。気分はどう?」
「……おはよ」
何が起きているのか一瞬わからなかったけど、そういえば夜中にいろいろあったんだった。
朝起きたら好きな人が目の前にいるって、幸福を通り越して奇跡なんじゃないかな。昨夜の悪夢がどうでもよく……は、さすがにならないけど。でももう、きっと平気。
「エルシーナ」
「ん?」
同じベッドで、横で寝てくれている彼女の名前を呼ぶ。
昨晩は心がおかしくなっていたけれど、今は大分マシだ。それはきっと、目の前にいるこの人のおかげだと思う。
「エルシーナのおかげでよく眠れた。夜中に起こしちゃってごめんね」
エルシーナが一緒に寝てくれなかったら、私はもう二度と睡眠をとれなかったかもしれない。それくらいあの夢は、あの時のことは私にとって酷い出来事だった。
今後フラッシュバックとかしなければいいけど……こればっかりはわかんないな。
「平気。困ったら何でも言ってね」
「ありがとう」
生きたいとか死にたいとか、それは今考えることじゃないんだと思う。
結局、今私は生きているから。それなら満足するまで生きて、そのうちあっさり死ねばいい。
前世のような怖い死に方だけはしないように、それだけは絶対に気を付けよう。
生きていればそのうちまた、私の考えは変わってくるだろう。
もしかしたら、この人達が生きている間は死にたくないって思うかもしれないから。
ひとまずもう単独行動は止めて、この人達と、エルシーナと、もっと一緒にいよう。
きっと楽しくて幸せな人生を送れる。
「なんだか、ようやく始まった気がする」
新しい人生が始まった。そんな気分になる朝だ。そう思うくらい、今は落ち着いている。
「どうかした?」
「何でもない。起きよっか」
悪夢ももう見なかったし、エルシーナがすごいのか私がエルシーナを好きすぎて単純なのかわかんないけど、まあ眠れて良かった。
起きてリビングに向かったら、セレニアとクラリッサはもう起きていた。
「おはようございます。仲が良くて何よりですね」
「そういうのは二人っきりの部屋でやってくれ」
「待って待って待って」
開口一番に意味深な言葉をかけられて動揺する。何か誤解をされている気がする。盛大に誤解されている気がする!
「一緒に寝ただけだよ!」
「ええ、ええ、わかっていますとも」
「ホントにちゃんとわかってる?」
「浅からぬ仲になったということだろう? 着替えまでして」
「違う違う! これはあの、汗かいたから……」
確かに朝起きたらシングルベッドに二人で寝てた挙句、片方が着替えまでしてたら怪しすぎる……言葉にすると滅茶苦茶怪しいな!?
「つまり汗をかくようなことをした、と……」
「そうじゃなくて!」
「はいはい、あんまりからかわないの」
後ろに立っていたエルシーナが仲裁に入ってくる。するとセレニアもクラリッサも笑い出したので、ようやくからかわれていたことに気づく。
「むぅぅー!」
「そう唸らないでください。冗談ですよ」
「ああ、冗談だ。今度からは二人部屋を二部屋取ることにしよう」
「しなくていいから!」
なんだか、ここぞとばかりにからかわれている気がする。私二人に何かしたかなぁ!?
「はあ……シャワー浴びてくる」
「でも正直、行動の一つ一つがアレなんですよね」
「まだ言うの……」
確かにこの流れからのシャワーは怪しく見えるけど。
単純に汗かいたからだよ。というか、吐いたからだよ。さすがに吐いた上に汗かいたから着替えたって言うのは、ちょっと女としてどうかなって思ったの。その結果がこれだよ。
これ以上からかわれるのは御免なので、さっさとシャワー室まで移動した。
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