第157話 全てに決着を
残酷な描写があります。ご注意ください。
「あぁっっっぶねぇ……あっつ……」
爆発した瞬間、障壁に大きなヒビが入った時は死んだかと思いました。まじで。
なんとかギリギリ耐えきってくれたけれど、隙間から爆発の熱が漏れてきて肌が少し焼けてしまった。肌が晒されている部分、手とか顔とかを触ってみると少し痛む。
でも皮が剥がれたとかそういうわけではないので、これくらいなら回復魔法ですぐに治るから、ひとまず放っておいていいか。酷い日焼けだと思っておこう。
割れそうな障壁に乗ったまま周りを見回してみると、やっぱり被害が出てしまった。障壁魔法でマンイーターを地面ピッタリまで覆いきれなかったからだ。
木々が倒れ、地面も大きく抉れている。まだ障壁魔法の中はモヤで見えないけれど、周囲は爆心地から円状に酷い有様だ。でも燃えてはいないようなので、消火活動は必要なさそう。
正直、完全にマンイーターを障壁で覆ってしまわなくて良かったと思う。だって威力が漏れ出たのにも関わらず障壁には大きなヒビが入ってしまったのだから。
蔓のせいで覆えなかっただけなんだけど、それが私の命を救ったね。
「よいしょっと」
危機察知に反応はないので、障壁を消して離れた位置に飛び降りる。
爆発のせいでここら一帯の気温が上がったような気がする。やっぱりこの白いモヤはあれなのかなぁ。腕の分析が終わればいろいろわかってくるんだろうけど、先は長い。
もう少し使い勝手も良くなってくれるといいな。
モヤが晴れ、マンイーターがいた場所が見えてくる。倒せたとは思うけど、逆に何も残ってなかったらどうしよう。
魔石すら破壊しちゃってたら討伐証明すらできないんだけど……。
「は……こんなに硬いのか」
蔓は全滅、本体もほとんど吹き飛んでいた。それでも元々がかなり大きいから、まだ原型が残っている。
「まあでも、死んではいるね」
さすがにダメージは大きかったようで、ピクリとも動かない。蔓が再生する様子もないし、ひとまず安心していいだろう。
でも魔石はなくなっちゃったかな……。
マンイーターに近づき、背伸びをして抉れた本体を覗き込む。
すると、目が合った。
「ひゅっ……!」
心臓がキュってなって、呼吸が止まりかける。思わず後ずさり、膝に手をつく。
「はっ……いや、いや、嘘でしょう」
信じられない光景を目の当たりにした。
自分を落ち着かせようと深呼吸を繰り返し、辺りに悪臭が漂っていることに気が付く。鼻につく嫌な臭いに気分が悪くなる。
意を決してもう一度、マンイーターの中を覗き込んだ。
ここは地獄か。
晒されたマンイーターの内部はちょうど、胃のような部分に当たるらしく、悪臭の原因がこれだとわかる。
そんな中に……人、と思われる物体があった。
下半身は消え、上半身は酸によって溶けている。皮膚は無くむき出しの肉が黒く染まっているようだ。
瞼はない。眼球はある。それが、私を見た。
「い、き……てる、の……?」
私の声だけが聞こえる静寂の中、微かな呼吸音が聞こえ、身体が少しだけ揺れているようにも見えた。
戦闘中ですらここまで心臓の鼓動が速くなったことはない。もう一度後退りそうになったが踏みとどまり、障壁魔法に乗って人の近くまで向かう。
さすがにこの酸のプールを歩く勇気は無かった。
目線の先までゆっくりと近づいて、這いつくばる人を見下ろす。
人である、ということくらいしかわからない。この人が誰なのか判別できない。
けれど、予想はできる。一番最後に飲み込まれたのが誰なのか、私は見ていたのだから。
見下ろしたまま、どうすればいいのかわからず立ち尽くす。すると僅かに口が開いたのが見えた。
かすれた呼吸音しか聞こえない。何を言っているのか伝わらないけれど……。
助けることはできない。
今この場に強力な回復の杖があれば、可能性はあったかもしれない。いや、さすがに下半身が無くなったら無理だろうな。むしろ、どうしてこんな状態で生きているのかわからない。
きっと苦しいことだろう。発狂しそうなほど痛い思いをしていることだろう。
……そう決めつけて、殺してやるしかない。
魔道袋から剣を取り出して、相手の首へと向ける。
私を見る彼の眼が何を表しているかなんて、知らないしわからない。
「ご……いや、自業自得だ……さよなら」
口をついて出そうになった言葉は飲み込み、剣を強く握る。日本人特有だと思う、この言葉がつい出そうになるのは。
緊張から浅い呼吸が止まらない。
瞼をギュッと閉じて、覚悟を決め、ゆっくり開いて……首に剣を突き刺す。
慣れたはずの感触なのに身体が震え、剣から手を離してしまいそうだ。
どうして私は、知っている人をこんな風に……。でもこれは、必要なこと、望まれたことだ。そもそもこの人が素直に逃げていればこんなことにはならなかった。そうだ、だから、私のせいじゃない、私のせいじゃない!
「はー……大丈夫、大丈夫、間違ってない」
たった一瞬の出来事なのに、長い時間思考も身体も止まっていた気分だ。
剣を引き抜いて使い捨てる予定のタオルで拭う。呼吸が苦しくて、胸が締め付けられるように痛むけれど、これはきっと私の思い込みだ。だって、私は悪くない。
目を閉じて思考を止める。余計なことを考えるな。落ち着け。
そうやって言い聞かせて、ゆっくり呼吸を繰り返す。
しばらくそうして必死に別のことを考える。そうすると、必然的に思い浮かぶのは。
「……早く帰りたい」
あの三人に、エルシーナに、無性に会いたくなった。




