第130話 これ以上はもう何も
シドとの話し合い……話し合いをしに行ったんだっけ、殴って説教して終わった気がするけど。向こうが改心したならいいか。悪意とかはほとんど感じなくなったし、大丈夫だと思う。
そもそもどうしてこんなことになったんだか。
「全く、散々な目に遭った」
変に仏心を出したからだと言われれば、それまでだけどさ。
「わ、わるかったよ、巻きこんじまって」
意外としおらしいニナに連れられて表通りへと続く道を歩く。
途中あの子供たちと会っていろいろ聞かれたが、その辺はニナが後で説明するということで切り抜けてきた。
「デートを蹴ってまでこっちに来たのに……子供と友情を育むとは」
「なんだ、恋人でもいんのか?」
「いないよそんなの」
恋人ではない。仲間。ただのお出かけだ。片想いではあるが。
望みは薄いというか、望むべきではないというか、ね。向こうには好きな人がいるんだもの。
それに私、恋人ができたらベッタリくっついて離れない気がする。愛想尽かされたら凹むどころじゃ済まないかも。あーやだやだ、恋人なんて作るのは怖い。
「恋人はいらないけど、後腐れなく美女と遊んでみたいなぁ」
内なる想いを小声で呟く。
片想いを忘れたいなんて考えもあったりするのだ。別の何かで上書き保存するのは結構良い方法だと思ってさ。
「うわぁ……さっきも思ったけど、性格わりぃよな」
「失礼な」
私の呟きは前を歩くニナに聞こえたらしく、こちらを振り向きながら引き気味な表情を見せてくる。
別にそこまで悪いことじゃ……ないよね? 夜遊びの経験はないからわかんないけど。
「てか美女って……そういうのなんてゆーんだっけ?」
「何が?」
「女が女を好きになるやつ」
「ああ……同性愛?」
同性愛なんて聞いたことあんのかね、スラムに住む孤児が。むしろ俗な言葉とかが結構聞こえてきたりするのかな。子供の教育に悪そう。
「つまりアンタはそのどーせーあいってやつなのか」
「まあそうね」
ニナにバレたけど、別に平気だろう。どうせニナとはこの街に滞在する期間中だけの関係だ。
「は! もしかしてオレを……!?」
「十年はえーんだわ」
両腕を、身を守るように交差させながら背を丸めるニナをピシャリと拒否。
最低でも十八歳以上じゃないと受け付けない。包容力溢れる大人な女性がいい。ドロドロに甘えたい。甘やかしてほしい。
「じょーだんだよ。ほら、着いたぞ」
空気のよどんだ路地裏から、活気のある大通りまで戻って来た。
やっぱり私みたいなのにはこっちの方がいい。
「下手に他人の問題に首を突っ込むもんじゃないな」
「そりゃそうだろ」
うん、もうこういうのはこれっきりにしよう。良いことをしたからといって、全ての物事が良い方向に進むとは限らないし。
「なあ、ねーちゃん」
「あん?」
なんとなく深呼吸をしていたら、ニナが話しかけてきた。
お前だのそいつだの言われていたけど、ついに敬う気になったらしい。
「どうしたらねーちゃんみたいに強くなれる?」
真剣に、真っすぐに私の目を見て問うてくるニナに対して、私はあくまでもいつも通りに返す。
「お前にゃ無理だよ」
「なんで!」
「私には優秀な師匠がいたからだ」
「……くそ! じゃあねーちゃんがオレを強くしてくれよ!」
その言葉一つで、私とニナの住む世界が違ったのだということを思い知らされたのだろう。彼女は悪態をついて苛立ちながら私を師に望むけど、そんな時間は私にはない。
「悪いけど、私から君にできることはもう何もない」
「……わかった。今日はありがとな」
「ああ、じゃあな」
肩を落として路地裏に消えていくニナ。それから視線を外し、私は表通りを歩いていく。
なんて悲しい対比なんだろう。でももう、私にできることはない。早く帰ろう。




