第128話 ずっと私のターン
ニナたちがいた路地裏から入り組んだ道を進んでいくと、少し広い空間に出た。周りは建物の壁に囲まれた、行き止まりだ。
その真ん中ある椅子に座っている男がいた。あれが例の男の子、確かシドだっけ。うーん、割とデカいな。
「なんだぁ? ニナじゃねーか。金を持ってきたのか?」
「お前に用があるってやつを案内してきたんだよ」
そう言ってニナが横にずれたので、私が前に出る。
私に気が付いたシドはあからさまにジロジロと見つめてきた。なんだか、気持ち悪いやつだな。
顔面偏差値の高いこの世界には珍しく……ぎりぎりフツメンかな。身体は鍛えれば良いものになりそうだけど。
「なんだこいつは?」
「こんにちは。君がニナから奪ったお金を返してもらおうと思って、会いにきたんだよ」
言うや否やシドは眉間にしわを寄せて怒鳴り散らし始める。
「ああ!? んだてめぇ! 俺の金を奪いに来たのか!?」
「私のお金だってば」
「知るか!!」
シドが勢いよく立ち上がり、その衝撃で座っていた椅子が倒れる。椅子だの机だの、まさに私有地のような扱いだな、ここ。不法占拠だよね?
「死ね!!」
大きく振りかぶり、私に殴りかかろうとしてきたシド。しかし、その動作に洗練は欠片もなく、戦士であるという雀の涙程度の可能性は今、零になった。
この程度なら身体強化も必要ない。相手の右こぶしを左手で受け流し、右手で相手の顔面をビンタする。
バチィイインという良い音が響き渡る。
「ぶふっ」
変な声を上げながらシドが倒れた。なんかコントみたいで笑える。
「あっはっは!」
「お前笑ってる場合じゃないぞ」
後ろでニナが声を上げて笑っている。確かに無様過ぎて笑えるけども。
全く、後が怖いと思わないのかね。私は別にこいつを改心させるために来たわけじゃないんだぞ。
「いってぇ~」
シドが目に涙を溜めながらも起き上がる。身体強化は使ってないし、そこまで酷いケガにはならないだろうと思っていたから当然かな。
「私の分のお金さえ返してくれれば別にいいんだけど」
「うるせぇ!!」
聞く耳待ちませんねぇ。
今度は掴みかかろうとして両手を伸ばしてくる。触られないように右へ左へ躱し、背後に回り込んで膝カックン。
「ぐっ……!」
「ケンカしに来たわけじゃないんだよ」
まだ目が諦めていない。うーん。面倒くさい。水でもぶっかけるか。
魔道袋から水の杖を取り出してシドに向ける。すると、途端に怯えたような表情に変わる。どうやら魔法の怖さはご存知のよう。
尻もちをついたまま後ずさっていく彼に杖を近づける。
「ひ、卑怯だぞ!」
「殴りかかってきたのはそっちでしょ」
杖に魔力を流し、シドに水をぶちまける。これで頭を冷やしてもらおう。
「ぶぼぉぼぉ!!」
「頭冷えた?」
窒息されても困るので、ほどほどで止める。鼻に入ったのか、むせてせき込んでいる彼にもう一度聞く。
「頭冷えた?」
「くそ!! なんなんだよお前!!」
「はあ」
冷えていないようなのでもう一度。
それを何度か繰り返したらようやく抵抗をやめてくれた。良かった、これ以上やると私が悪者みたいになっちゃう。
「くそ!! わかったよ! 金を返せばいいんだろ!」
「分かればいいんだよ」
怒りを露わにしたままびしょ濡れのシドが立ち上がり、端にある箱に近づいていく。
シドが箱を開けると、中には小袋が詰まっていた。その一番上に、私がニナに渡したお金の入った袋が置いてある。
「ああ、これだ」
その袋だけを取り、箱から離れる。他のもおそらくお金が入っているんだろうけど、それは別にいらない。ニナたちが頑張って稼いできたお金かもしれないけど、ほとんど盗んできたやつだと思うし。
「もう用は済んだだろ。さっさと行けよ」
「まあまあ。少し話をしよう。ニナと一緒に」
後ろで笑っていたニナも巻き込み、シドと話をすることにした。
二人が承諾せずとも、私はそう決めた。
「ああ? 話すことなんてねぇよ」
「私にはあるんだよ」
ニナに金を渡すとこいつの手に渡ってしまう。それでは意味がない。ニナから金を奪うのをやめてもらわないとね。




