第124話 新しい出会い
リア視点です
今日は一人で王都を出歩いている。
出かける際にエルシーナに、王都から出るなとか、危ないところに行くなとか、暗くなる前に帰れとか、フードは外すなとか、色々約束させられた。
最近彼女が過保護というか、父みたいになってきた気がする。信用がないのは仕方がないけど、子供じゃないんだから少しくらい良いと思うの。
今の私の年齢だとエルフにとっては子供なのかもしれないけど。
「保護者と子供って感じよね……。そりゃ眼中にもなかろうよ」
エルシーナの中で私は、仲間ではあるけど、それでも保護が必要な子供扱いなんだろうな。それをなんだか少し寂しく感じるのは、私の我儘。
観光と言ってもこれといって名所があるわけでもない。目新しいものというのは限られている。
魔道具や料理、服とか武器とか、その辺りを見終わってしまえば見るものも終わりだ。王都だからお城が見えるけど、行きたくはないし。
「さてさて、どうしようかな……ナンパでもしてみたいな」
後腐れなく美女と遊びたい。
そろそろエルフの美人には慣れたし、他の美女にも目を向けたい。
最近はエルフたちのせいと、この世界で十年以上も過ごしたからか、周りの美人が普通に見えてきてしまっていた。目が肥えてしまったのだ。この世界に染まってきているね。
でもそろそろエルフには慣れたし、もうすぐ成人だし、夜遊びの一つでもしてみたい。手始めにナンパからどうだろう。
ドワーフの国に行ったら巨乳のお姉さんと同衾したい。そのためにも美女に慣れる練習でもしないと。
なーんて。
「そんな度胸が私にあるとは……む」
そう簡単にできたら苦労しないよ、とか思ってたら、危機察知が反応した。これは……後ろだな。
タタタッ……
走って近づいてくる小さな足音。なるほどね。
後ろから来る小さな足音が、私に追突して来るのをヒラリと躱して首根っこを掴む。
「相手は選んだ方がいいぞ」
今のカッコよくない? 漫画でよくある強者のセリフ! 一度は言ってみたかった!
「くそ! はなせ!」
ふむ、やっぱり子供だな。十歳くらいかな。薄汚れた短髪とぶかぶかの小汚い服を着た……男の子かな? 汚れててわからん。
こんな子供に言ってもカッコ良さは半減というか、子供同士のお遊びにしか見えない気がする。恥ずかしい。相手を選ぶのは私だったよ。
「スリかなんかか?」
そう、私に対して悪意を感じたのだ。この子供から。
勢いよくぶつかろうとしていたようだから、ぶつかった際に金銭でも盗もうとしていたのだと思う。
「なんだよ! 何にも盗ってねえだろ!」
「それもそうだ」
実際に盗まれる前に捕まえてしまったので、現行犯というわけではない。
私の場合危機察知が反応してしまったので、盗られる前に捕まえられてしまったのだ。
しかし、未遂を罪とするほど、この世界の住人は暇じゃない。司法はそこまで及んでいない。
現段階でこの子は私にぶつかりそうになっただけであり、私はその子供の首根っこを掴んでスリ呼ばわりしていると。あれ、悪者は私じゃね?
さすがに手を離してやろうとした瞬間、こいつの腹から盛大な鳴き声がした。
「腹ペコのコソ泥」
「うるせえ! とっととはなせ!」
ここで離せば逃げて行ってしまうのは目に見えている。しかし、それではいつかこの子はひどい目に遭うだろう。
コソ泥なんて悲惨な最期を迎えると相場が決まっている。
「逃げないなら離してもいいぞ」
「ふざけんな!」
「暇なんだよ。飯くらい奢ってもいいぞ? 実際何にも盗られてないから、突き出しようもないしな」
舐められないように口ぶりは偉そうに、お前なんか取るに足らないと思い込ませる。マウントを取るのは大事だ。
「ちっ……わかったよ。逃げねぇ」
「素直でいいね」
パッと手を離すが、逃げる素振りは見せない。余程腹が減っているんだろうか。
本当はこういうの良くないんだろうけど、さすがに何もしないで捨て置くのもね。
「何食いたい?」
「なんでもいい。腹いっぱい食わせろ」
「味の良し悪しなんてわからなさそうだしなぁ」
「ああ?」
コソ泥がキャンキャン吠えているが、無視。
私も小腹が空いてきたし、どこかの屋台で買い食いでもするかな。そのついでに餌付けするくらい良いだろう。
「うめえ……!」
「詰まらすなよ」
肉が豪快に挟まったバゲットサンドを購入し、近くにあった公園のような広場の端っこで食す。
確かに美味い。小腹が空いていただけなのに、匂いに釣られて買ってしまった。
果実を絞ったジュースも二つ買い、コソ泥にも渡して一息つく。
バケットはなかなかボリュームがあったけど、美味しかったので食べきってしまった。こいつも満腹になったようで良かったよ。
「んで、なんでコソ泥なんかしてんの?」
「なんでコソ泥だと思うんだよ。何にも盗ってねえだろ」
「なんとなく。まあ、お前の身の上話なんて興味ないからいいや」
「じゃあ聞くな!」
赤の他人の過去になんて興味はない。
悲しい話を聞けば私の気分まで悲しくなってしまう。せっかく美味い飯を食べたのに、気分をわざわざ下げる必要はない。
どうせ親が死んだとか、病気で働けなくてとか、そんなよくある話でしょ。自分の生まれ環境の恵まれ具合には感謝しているけどね。
「他に金稼ぐ方法ないの?」
「はあ……ねぇよ。あったらこんなことしてねぇ」
諦めて自白したぞ。だからといって何する気もないけど。だって実際何にもできないし。
「冒険者でもやればいいじゃん」
「まだ十歳になってねぇんだよ。それに、オレは字が読めねえし」
「ふぅん」
最低でも十歳からが冒険者になれる基準である、というのが暗黙の了解だ。
でも決まりってわけでもないし、絶対無理ってわけでもないと思うけどね。ああでも、ここには『魔物の海』があるから子供は難しいのかも。
それに字が読めないのは良くないな。
字が読めなきゃ依頼内容がわからないし、いちいち受付で聞くのもまどろっこしい。依頼料をちょろまかされても気が付けないだろう。
「字ねぇ」
教えてもいいんだけど、そこまでするのもね。でも飯を食わせたし今更か。
「教えてもいいけど」
「は? お前さっきから何なんだよ」
「暇だからって言っただろ。でも数日しかこの街にいないんだよね。数日じゃ無理かな」
二日三日で覚えられるほどこの子の頭が良いなら教えてもいいけど、難しいだろうな。しかも無償の施しに警戒してるし。うーん。あ、そうだ。
「この辺どっかに本屋ってある?」
「なんだよいきなり……向こうに行けばある」
「案内してよ」
空になったジュースのカップを取り上げ、ジュース屋の親父さんに返す。甘酸っぱい果物の搾り汁らしく、美味しかった。
「ちっ……飯の礼だからな。古本屋とどっちがいいんだ?」
「あー、古本屋でいいよ」
「それならこっちだ」
そういって歩き出した子供の後を追った。ふと聞いていないことがあるのを思い出し、尋ねてみる。
「名前なんて言うの? 私はリア」
「……ニナ」
ニナ、ね……ん?
「もしかして女の子?」
「ちっ。そうだよ」
「口悪いなぁ」
どうやら女の子らしい。全然わかんないけど。この年じゃ男も女も似たようなもんだし、むしろそれを狙っているのかもしれない。
何事も女というだけで舐められるものだ。コソ泥にもいろいろあるのかもね。




