第119話 特別ではあるけれど
「それにしても頭にとはな」
「まあ、その辺はね……」
生まれつきですよ。女神様がやりました。
そういえば、いつの段階で刻まれたんだろうね、身体の魔力回路って。
脚に刻まれたときめちゃくちゃ痛かったんだけど、赤ん坊のころに刻まれてたら泣き叫ぶどころじゃないでしょ。死ぬわ。
この身体は本当に謎が多いなぁ。
「昔、頭部に魔力回路を刻む試みがされたという実験記録があったそうだ」
セレニアが少し私から離れて語りだす。
その声色の真剣さに、私も服と姿勢を正して聞き入ることにした。
「何件もの実験記録があったが、その全てが失敗に終わっている」
「そうなの?」
難しそうというイメージだし、危険だとは思うけど。成功例が無い程なんだ。
「ヒトの頭はとても繊細だ。魔力回路なんぞ刻んだら、脳への影響は計り知れない」
「まあ……そうでしょうね」
魔力回路を刻めば、その部分が損壊するリスクを負うのだ。それは杖も人体も同じだ。
筋肉をつければ身体強化に耐えうる身体を作れるとかいう話も聞いたことがあるけど、それは首から下の話だ。
頭部は鍛えようがない。故に負担をかければ損壊の可能性は高まる。
「実験結果は、実験体が死亡、もしくは一生頭痛に悩まされながら生きる、このどちらかだったそうだ」
「え」
ちょっと……怖すぎるんだが。
他人事みたいに聞いてたけど、これ結構大変なことじゃない?
私女神様にそんな危険なことされてたの?
「その後現在に至るまで、頭部への魔力回路を刻む行為は禁止された」
「禁止されてるのは学校で習ったから知ってたけど、そこまで重い背景があったのは知らなかったな……」
人体実験みたいなものなのかな。だとしたら学校なんかで習うわけもないか。
今までずっと頭痛に悩まされていた……なんて事実は別に無いし、私のは本当に大丈夫だと思うけど。
「何故リアの頭部に魔力回路が刻まれているのか、何故普通に暮らせているのか、気にはなるが無理に聞き出す気はない」
セレニアは、我が身を案じてくれているのがとてもよくわかるほど、真剣な表情をしていて。
「ただ、君はもう少し、君の身体が世間とはかけ離れていることを理解した方がいい。信用してくれているのはありがたいがな」
真剣な表情を少し崩し、困ったように笑いながら頭を撫でられる。
返す言葉が何も思い浮かばなかった。
「普段身体に異変はないのだろう?」
「あ、うん。特には」
「なら大丈夫だろう。不安になる話をして悪かったな」
「ううん……聞けて良かったと、思う」
私の身体は、私の想像よりも遥かにオカシイのだということが、ようやく理解できてきた。
魔力回路自体が異変を起こすとは思っていない。女神様が直々に刻んでくれたものだから当然だ。
でもそれは、私だけが知っていることであり、周りの人にはわからない。
誰が刻んだのかも、何故私なら大丈夫なのかも、周りの人にはわからない。
この身に宿る全ての『特別』は、女神様に愛されているからこそ得られたもの。
今まで誰も成せなかったことが、私の身体には完璧な形で存在しているという事実、これはひた隠しにしなければいけないことだ。
「……セレニアが良い人で良かった、ね、私」
もしも悪人にこのことを知られていたら……私の身が安全とはかけ離れた場所へと置かれるのは明白だ。そんな目に遭いたいとはさすがに思わない。
それに、私だけに被害が出るのならともかく、近しい人達にも何らかの魔の手が迫る可能性だって否定しきれない。
もっと真剣に考えないとダメだ。
女神様から貰ったものはもちろん、前世の知識だって危ういかもしれない。
自身がこの世界にとって異物なんだと、ちゃんと理解しておかないと。
「ありがとね、セレニア」
本当、出会えたのがセレニアで良かったと思う。
私が迂闊過ぎるというのもあるけど、もしセレニアじゃなかったら何が起きていたことか……感謝してもしきれない。
「どういたしまして……それと、前にも一応聞いたと思うが」
「ん?」
「……分析されることが嫌だったら、遠慮なく言ってくれていい。何も無理をさせたい訳では無いからな」
あー……まあ、そんな人体実験が行われてきた歴史があるのなら、私の頭部に刻まれた魔力回路が非合法な実験の末に生み出されたものだという認識になるのは当然よね。
確か前もそんな風に思われて否定したんだっけ。あの時は腕のだったか。
もしかしたら、私が覚えてないだけで酷いことをされた事実が……ないよね、さすがに。
でもいつの段階で刻まれたのかとか、さっぱりわからないからなぁ。なんとも言えない。
「別に辛い目に遭ったわけじゃ……」
私が『特別』なのは、女神様の……いや、そもそも……『死んだ』からで。
『死んだ』のが辛い目に遭った、に分類されるのなら、この『特別』達は私が辛い目に遭ったからこそ得られたもの、に分類されるのだろうか。
自ら死に向かって行ったあの出来事は、私にとってトラウマになっているのだろうか。
「はっ……ぁ」
わからない、考えたくない。今、これを考える必要はない。後回しでいい。
息が詰まりそうになるのを、無理矢理吐き出して、何も知らないことにした。
「……別に平気だよ。私もこれについてはちゃんと知っておきたいから、分析はむしろこっちからお願いしたいね」
「……そうか。わかった」
セレニアの方を見もしないで答えたから、彼女がどんな表情をしているのかわからなかった。
静かに深呼吸をして、もう大丈夫。もういつもの私は戻って来てる。
いつも通り、普通に、セレニアの方を見て話す。
「今後もよろしくね。あと一応この頭のことは、あの二人にも内緒にしててね」
「わかっている。誰かに話す気はない」
「ありがとう」
わざわざ秘密を他人に話す必要はない。エルシーナとクラリッサには悪いけど、あの二人には知らないままでいてもらおう。
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