第117話 剣の稽古だけど…?
日々の日課を終えればお待ちかね、エルシーナとの剣の稽古の時間だ。
まずは軽く打ち合いでもしてみようということで、二人で木剣を構えて対峙している。
あのエルシーナの技術を少しでもものにできたら、私はもっと強くなれるはず。この機会を逃す手はない。
他二人のエルフは見学だ。
クラリッサはストレッチをしながら見学しているけど、セレニアは先ほどのトレーニングで体力を使い切ったらしく地面に座り込んでいる。相変わらず貧弱だね。
「それじゃあ行くよ」
「うん。よろしくお願いします」
エルシーナが軽く踏み込み、私に木剣を振り下ろしてくる。私はそれを……あれ?
「うわっ」
「え?」
カンっと木剣同士がぶつかる音がする。
危ない、少し反応が遅れた。おかしいなぁ。
「大丈夫?」
「う、うん。大丈夫。続けて」
二度三度と木剣を振られる。目で追える速さなので、問題なく受けることができた。
でもこれはもしかして……。
「エルシーナ、次は避けるから一回だけ強く振ってみてくれる?」
「ん? わかった」
エルシーナは一歩下がり、深呼吸を一度だけした。そして先ほどよりも強く速く、剣を振り下ろした。
それを横にずれるよう、ギリギリに躱す。躱せたけど、やっぱりこれはあれだなあ。
「うーん」
「どうかしたの?」
私が考え込む仕草をし始めたので、エルシーナも剣を下ろして力を抜いた。
「リアの動きが普段よりも悪い気がするが」
「そうですね」
どうやら傍から見てもおかしいらしい。
セレニアとクラリッサは、戦闘中いつも後ろから私の動きを見ているからわかったのだろう。
なんとびっくり、エルシーナの攻撃に危機察知が反応しない。おかげで剣の軌道が読めない。
自力でできない……というわけでもないけど、今までずっと頼ってきた力だ。いきなり無くなれば反応が鈍くなるのは当然の結果だ。
エルシーナの攻撃に危機察知が反応しないのは……なんでかわからん。
単純に彼女に私を害する気持ちが欠片もないからなのかな。でもそんなことあるのかね。
昨日クラリッサと打ち合いをしたときには反応をしたし、昔ガリナでレオやフィンレーと打ち合いをしたときも反応した。
ああでも、父には反応が薄かった気がするな。それでも全く反応しなかったわけではないけど。
武器を握れば誰でもそれに殺意とは言わずとも、それなりの敵意や害意というものが乗るものだ。
敵味方関係なく武器が私に向けられれば危機察知が反応するんだけどね。
危機察知自体にまだ謎が多いから絶対とは言わないけど。
確かなのは、エルシーナのそれには全く反応しない。
「エルシーナって私のこと大好きなのかな?」
それとも優しさ故だろうか。そっちの方が可能性あるな。希望の持ち過ぎは良くない。
どちらにせよ、反応しないのだから仕方がない。
全く反応しない時があるなんて思わなかったし、思いがけない収穫だね。
それに危機察知がなくても避けられるようになる練習ができると考えれば良いことだらけだ。
「なん、な、な何言って……」
「ど、どうしたの」
エルシーナが顔を真っ赤にしながら狼狽している。突然どうした!
「……エルシーナさんがリアさんのことが大好きだとして、それは何か関係があるんですか?」
「え、ああ……」
クラリッサがあたふたしているエルシーナを見かねたのか、呆れ顔で聞いてくる。
さっきのが口から出ていたのか。無意識に呟いてしまったようだ。
なるほど、エルシーナのこれは恥ずかしがっているのか。そんなに恥ずかしいかね? 真っ赤じゃないの。
「大好きというか、優しすぎるからだとは思うけど……」
どう説明しよう。頭部に魔力回路が刻まれているんです? 言えるかっ。
敵意や悪意を感じ取れるんです、の方がまだマシか?
「えーっとね……私は人や魔物の敵意とか悪意が感じ取れるんだよね」
「……それも魔法か?」
セレニアが何故か立ち上がり、そのままじりじりと距離を詰めながら聞いてくる。目の色の変わり具合にびっくりするから落ち着いてくれ。
しかし、詳しく話すわけにもいかないのでぼかしておく。
「うーん、そうかもね。とりあえず、避けるのが得意なのはそれのおかげだったりするわけで」
「つまり、エルシーナさんからそういった敵意が全くこないから避けるのが難しいと」
「そういうこと」
でもこの機会を逃すのは勿体ない。このまま続けて危機察知がなくても戦えるように修行をしよう。
危機察知が使えなくなる時が来るかはわからないけど。
早速エルシーナに続きをお願いしようとして彼女を見る。
エルシーナは何故かこちらに背を向けた状態で深呼吸をしていた。どうした。
「エルシーナ?」
「すー……はー……え? な、なに?」
「こっちのセリフだけど……」
未だに顔が赤いままだけど、そんなに恥ずかしいかな。私としては心を許してもらえた気がして嬉しいんだけど。
あ、でも優しさ故なんだったら、そういうのとはちょっと違うのか。
違うっていうのも変だけど、まあ、思い上がらない方がいいよね。
「ごめんね、」
勘違いだったね、と続けようとして思いとどまる。
優しさ故に敵意を向けてこない人に、この言い方は責めているような、相手に好意なんて持ち合わせていないんでしょうとでも言いたげな……とりあえず、言い方が悪いよね。
なんて言おう。お礼とか? それはそれで違う気がするな……うーん……よし。
「えっと……エルシーナの優しいところ……大好き、だよ」
好きという言葉を、好きな人に言うのは勇気がいるね。もちろん、今言った言葉に深い意味なんて持たせていないけれど。
恥ずかしさが先行してエルシーナの顔を見れない。
木剣を弄りながら軽く振り回し、雑念を払う。決して照れ隠しなんかじゃない。違うんだ。
「ぐぅ……!」
「え、ちょ、大丈夫?」
手で口元を覆いながら震え始めたエルシーナ。なんか怖い! 大丈夫なの!?
どうしたらいいのかわからず、他のエルフたちに助けを求めようとそちらを見る。
「手助けとかいらないんじゃないですかね……」
「今日はもう帰らないか?」
ぜ、全員が思い思いの言葉を発するんだけど。何が起きているのかわからん。誰か私と会話をしてくれ。
結局、お互いに剣を振らせてもいつものようなキレがなかったので、今日の鍛錬はほどほどにして終了することになった。
エルシーナの様子がおかしくなったのは、やっぱり恥ずかしかったからだろうと思い、しばらくそっとしておくことにした。




