第112話 始まったけど進まない
腕の分析を始めてしばらく。
合間合間に休憩を入れてもらっているけど、ずっと左手を握られて魔力を流されるとくすぐったいし、ジッとしているのもしんどい。
我慢しないといけないのはわかるんだけど、数時間ぶっ続けでやろうとするのはやめてほしい。
時刻はもうすぐ夕方になる頃だ。夕食にはまだ早いね。この集中具合だと、夕食も忘れて分析されそうだけど。
他二人は暇らしく、クラリッサは読書、エルシーナはベッドで昼寝してから起きていない。
「どうですかね?」
自分でも分析していたけど集中力が切れてきたので、セレニアに進捗具合を聞いてみる。
「はっきりと刻まれているはずなのに、うっすらとしている。かなり集中しても術式一つ理解するのに時間がかかる。これはすごいな」
珍しく声を弾ませて楽しそうなセレニア。本当に魔法が好きなんだねぇ。
この魔力回路は複雑怪奇というか、人の手には無理レベルの精密さなのよ。他人に見せても大丈夫なのか、今更心配になってきたけど。
女神様は本当に良い仕事をするよ。
出来上がった品が希望の物じゃないこと以外は。
「そうなんだよねぇ。てか、そっち側からわかるの?」
さっきも言ったが、セレニアは魔力回路の出口から分析をしている。入口から順当に進めていく方がわかりやすいはずだけど。
まあその場合、絵面的には終始私の胸を揉むような形になるのだけど。
なにせ身体に刻まれた魔力回路は素肌に直に触らないと調べられない。
腕の魔力回路と言っても、一番最初は心臓近くから刻まれている。人体に刻まれる魔力回路は全部そういう作りだからね。
「リアがいいなら、そちらの方が進みは早そうだが」
「そうよねー……恥ずかしいけど……その方が手が自由になるし」
無理しなくていいと言われたけど、その方が早く終わるのは確実。左手をずっと掴まれていると何にもできないし。
こういうのは最初の内に決めておかないと、途中から変えると逆に面倒になる。
もう一緒にお風呂に入った仲だしなぁ。今更恥ずかしがるのもあれだな。
「まあいいか。こっちからやっていいよ」
「助かる。前さえ開いていればいいから、寒くないようにしておけ」
「はーい」
椅子から降りて、肌着も含めて上半身に来ている物を全て脱ぐ。
季節的には春くらいなので、さすがに上半身裸だと寒い。何か羽織れるものを探す。
「ふう、これでいい?」
「ああ」
肩に羽織る形で服を着て、再度椅子に座りセレニアに向き直る。
「触るぞ」
「うん」
セレニアの両手が私の胸辺りに触れる。
この世界の住民だからこそある、魔力を生成する器官がここに作られているからだ。
ここから魔力を流すので、魔力回路の始まりもここからになる。
これは人間もエルフも、どの種族も同じだ。
位置的に仕方ないとはいえ、絵面的にはいろいろヤバい。
いや、医者の触診だと思えばいいのか。それなら変な感じもしない、はず。
いやむり。素肌の上から手で直接胸を触られたのは初めてだもの。
セレニアの手の温かさを肌で感じる。これは……恥ずかしすぎる!
「んっ」
しかも分析のための魔力を流される。
これは少しむず痒いというか、くすぐったいというか。おかげで変な声が出てしまった。
マズイ、変な気分になる!
「……そんな声を出されるとこちらも恥ずかしいのだが」
「なんでちょっと照れてんの……私の方が恥ずかしすぎるって……」
意図せず顔が赤くなり、心臓の鼓動が速くなる。これもセレニアに伝わっているんだと思うと、恥ずかしさが倍増する。
セレニアを見ないように目線を下げると、触られている胸が視界に入ってしまった。
胸をこう、持ち上げるような位置に手が添えられている。
私の胸は薄いので持ち上げるほどないけど。
それでもこれは……なんだかえっちぃですね!
「その顔をやめてくれ……リアは顔だけは良いから」
顔が良い自覚はあるけど、やめてとか言われても困る。というか、だけって言うのは失礼だろ……身体的に貧相なのは否定できないけど。
そんな私でも、今の私は他人を悩殺できるような状態なのかもしれない。意図せずセレニアを悩殺しそうだ。
「エルフにだけは言われたくない。このままじゃマズいね、セレニアを魅了しちゃう」
「いや、これくらいで魅了などされんぞ……」
「なにこれもう……一旦落ち着こう。お互い」
集中して……この状態で集中っていうのも無理っぽい。いつまでも終わらないというか、始まりすらしないぞ。
お互いに深呼吸して落ち着く……胸に手を当てた状態での深呼吸はちょっとやめてほしいかな。
「絵面がすごいですね……」
読書をしていたクラリッサがこちらを見ている。呆れたような、戸惑っているような表情だ。
あんまり凝視しないでほしい。
「エルシーナさんが見たら卒倒しそうですね」
「なんで?」
なんでエルシーナが卒倒するのさ。
……あ、もしかして……?
エルシーナはセレニアに気があるのかもしれない。
なるほど、長い付き合いらしいし、そういう感情があってもおかしくないだろう。美女と美女……お似合いだね。
ちょっと……というか、ショックではあるけれど、好きな人が幸せになってくれる方がずっといい。
そうなると、好きな人が別の女の胸を触っているのは嫌だろうな。
でも邪な気持ちはないので我慢してほしい。これは研究であって、私たちは研究員と研究対象でしかないのだ。
「エルシーナって嫉妬深そうだし、セレニアも大変だね」
「おそらく勘違いしている……と、思うぞ」
「意外と淡泊……?」
「そっちじゃないんだが……まあ、いいか」
どう違うのか。それも含めて楽しんでいるとか……?
付き合いが長いとこういう刺激は却って必要なのかもしれない。大人だなぁ。
問答を諦めたらしいセレニアは、ようやく魔力回路の分析に集中する。頭が冷えたのかもしれない。
相変わらずくすぐったいし、魔力が生温かいので変な感じがする。
場所が胸でなければこうもならないんだけど、了承したのは私の方だ。我慢しよう。
「それにしても、対面のままだと結局できることが少ないね」
目の前にはセレニアの腕が伸びてきている。何をするにも、これじゃちょっとなぁ。
「ふむ、確かに。背面から手を回す方がいいだろうか……膝の上に来るか?」
大胆な提案だな。またさっきの状態に逆戻りするんじゃないか?
それにセレニアは貧弱だからなあ。
「セレニアが潰れそう」
「いっそベッドに座るか」
「ああ、そうだね」
一番楽な体勢を探そう。
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