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根之堅洲戦記  作者: 征止長
生きる意味
98/112

おもてなし


「誰が姉上だ!」


エリーザが怒声と共に振るった剣を、ヘルヴィスは太刀で弾く。

それが数度続いたが、やがて飽きたのか平然とエリーザの太刀を掴んで攻撃を止める。

接触している状態では気の防御は関係が無い。純粋に握力で剣を横から挟み込むことで、完全に固定していた。


「確かにそうだな。だが、名前で呼ぶのに妙に抵抗がある」


困ったように呟く。

奴はゲオルゲでは無い。だからエリーザは姉では無いが、それでもゲオルゲの感性に近いのだろう。


「ゲオルゲは、随分と相性が良かったようだな。同化しているんじゃないか?」


「ああ。時々、自分が分からなくなる。で、その分だと、俺達の知識の元を知っているみたいだな」


「やはり、貴様は……」


俺とヘルヴィスの会話に割り込んで、エリーザが何か言おうとしているが、怒りと悲しみのせいで、それ以上の言葉が続かない。

ヘルヴィスはそれを見ながら、嘲笑するでもなく、悲しむでもなく、淡々と事実を述べる。


「ああ、喰った」


「ゲオルゲを嬲り殺しにしただけでは飽き足らず!」


その言葉に、エリーザが怒りを再燃させ、再度の攻撃を試みようとするが、掴まれた剣はビクともしない。

確か、ゲオルゲは両腕を斬られ、抵抗できない状態で首を刎ねられたらしい。

一方のヘルヴィスは、そんなエリーザの反応と言葉に困惑していた。


「嬲り殺しって、そうか。周りからはそう見えたか」


「エリーザ離れろ」


埒が明かないな。俺は間に入って、エリーザに剣を手放させる。

エリーザは感情が収まっていないが、それでも従ってくれた。

ヘルヴィスから離れたエリーザには、俺の太刀を渡して下がらせる。

ヘルヴィスは安堵したかのように掴んでいた太刀を放り投げた。


「それで、本気で何をしに来たんだ?」


「いや、お前に興味があってな、会いに来た」


「そんな理由でロムニア全軍が集まっている中に来たのか」


「武装して無いだろ?」


「確信犯かよ」


ゲオルゲの知識があれば、閲兵式の内容も知っていて当然か。

それにしても、近くで話をしているだけで、肌を刺す感覚が強くなってくる。

朝から感じていた寒さの正体はコイツだったのか。

向こうからは、同じように感じているんだろうか?


「聞きたいことがあるんだが、体調はどうだ?」


「ああ、お前が側にいるだけで妙な感覚がある。あそこからも感じるな」


ヘルヴィスは、そう言いながら城壁の上を見る。

鮮花の存在も感じ取っているようだ。

なるほどね。この感覚を頼りに、これまで勇者を探し出してきたって事か。


「いや、部下共の反対を押し切って来た甲斐があった。

 そろそろ帰るとするが、今度会う時が楽しみだ」


「待て、お前、本気で俺を見に来ただけか?」


「そう言っただろうが。顔を見た上に、名前も聞けた」


平然した態度に毒気を抜かれるが、このまま終わらす気は無かった。

現状では、ヘルヴィスは100騎だが、こちらで戦えるのは直属の150騎のみ。

しかし、その150騎は精鋭中の精鋭だ。それに時間が経てば経つほど、他の部隊が装備を整えて参戦する。


「もてなしの準備は出来ていないが、折角だ、つまらないものだが、(これ)を受け取れ」


俺が槍を叩きつけ、ヘルヴィスが太刀で受ける。


「これはご丁寧に。こちらもつまらないものだが」


ヘルヴィスが、2メートルを超える大太刀を上段から振り下ろし、俺は太刀で弾く。


「わざわざ、お気遣いなく! 受け取れや!」


「そうはいかぬ、礼儀は大切であろうよ!」


お互いに攻撃(あいさつ)を繰り返すが埒が明かない。

後方からも剣戟の音が響いてきた。

互いに耐える必要は無いと判断したのか、号令を待つことも無く戦闘が始まった。


これほどに俺の攻撃を防いだ相手はいない。

それに、奴の攻撃を防ぐたびに、今まで経験したことが無い衝撃が走る。

驚きもあるが、それ以上に嬉しかった。

どれだけ攻防を繰り返したか分からない。

早く仕留めなければならない。そう思うと同時に永遠に続けたいと思う。


援護として、弓騎兵の攻撃がヘルヴィスにも注ぐ。

矢を嫌ったのかヘルヴィスが距離を取りはじめた。

形としてはそうなのだが、それは何処か違う遊びに誘うような感じがした。


「乗ってやる」


埒が明かない並走しながらの打ち合いから、軍を率いての集団戦闘に移行する。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




何だアレは?

フォルケンは、アレを見ながら思ったが、声に出たかもしれない。

城壁上は、先程までの喧騒は納まっていた。

国王すら退避することを止めて、誰しもが赤と黒に見入っていた。


共演、競演、狂宴。どれが相応しいのか。

赤も黒も一頭の怪物のように見える。

共に先頭の牙が最大の攻撃力を持つため、擦れ違いざまに噛み合い続けても埒が明かない。


そのため、腹に噛みつこうとしているが、それを避けるように動くさまは、確かに獣の一騎打ちのようだ。

だが、獣と違うのは体の形を変化させることが可能な点だ。

三角の形をしていた獣は、今や長い身体をくねらせる巨大な蛇に見える。


絡み合っていた蛇は、形を変えて、また異なる形をしている。やはり蛇と言うには相応しくない。あれは魔獣だ。

黒い魔獣がなだらかな丘を駆けあがる。赤い魔獣が追う。

突如、黒い魔獣が向きを変える。丘の上からの逆落とし。

勢いに乗った黒い魔獣が赤い魔獣を喰い散らす。


赤い魔獣の身体が引き裂かれ、血しぶき、いや、肉片のように散らばった。

そう思ったが違う。自ら散ったのだ。

赤い魔獣は花が開く様に広がり、その中心を黒い魔獣が通った。

開いた花が再び閉じると、蛇のように姿を変えて、黒い魔獣を襲う。

今度は赤い魔獣が逆落としをしていた。


黒い魔獣は反転しないで、そのまま駆け続けて、模擬戦中で満足な装備をしていない部隊に突っ込む。

そうして混乱を引き起こしながら、戦場をかき回したかと思うと、突如方向を変えて赤い魔獣と正面からぶつかる。


「フォ、フォルケン将軍、あんなものとアルスフォルト殿下は戦っているのか」


そう言葉を発した護衛対象の文官に、どう返答すれば良いか迷ってしまう。

確かに、ヘルヴィスと戦い続けていた。

だが、眼下で繰り広げられている動きをフォルケンは知らない。

グロース軍でも、幾度も実戦を重ねてきた豊富な経験を持つ将軍だった。

その目も、見識も、アルスフォルトに信用されている。だからこそロムニア軍の実力を確認するよう命じられたのだ。


そんなフォルケンにとっても、今のヘルヴィスの動きは初めて見る。

これ程激しい動きは見たことが無いし、出来るとさえ思っていなかった。

何度か罠に嵌めたことがある。あと一歩だと思った事もある。

だが、その一歩は遥かに遠かったのかもしれない。今までのやり方では、届くとは思えない。


それほど凄まじい動きだった。

そして、それを引き出し、対抗している勇者の部隊。

両者の戦いは、恐ろしくも、美しいとさえ思ってしまう。現に声をかけられるまで見蕩れていた。

それほど、異質で異常な戦いが繰り広げられている。フォルケンは返事も出来ずに戦場を見続けた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




衝突は、再び並走と言う形になった。

タケルが左にいるヘルヴィスに槍を叩きつけ、ヘルヴィスが右にいるタケルを太刀で斬ろうとする。

間合いはタケルが有利だから、ヘルヴィスは距離を詰めて来る。

その距離をヘルヴィスから取った。タケルが距離を詰める。


それを狙っていたかのようにヘルヴィスが距離を詰めてきた。

タケルが離れる前に一気に詰めようとする。

そこで危険を感じた。誘われたのは自分の方だと気付いた。


鋭くも、おぞましい刺突が、顔をめがけて来た。

これまでタケルは突きを温存してきた。

振り回しに慣れさせて、ここぞという時に突けば対応できないと思っていた。


ヘルヴィスは咄嗟に左の(てのひら)で槍を止めようとする。

槍の穂先があっさりと掌を貫通する。が、貫かれたまま振り払う事で顔面を守る。

それだけでなく、掌を貫かれることで槍を固定し、更に距離を詰めて太刀の間合いに入った。


ヘルヴィスに凶悪な笑みが零れる。

タケルの武器は奪ったも同然。一刀に両断せんとする振り下ろし。今から逃げても遅い。

距離を詰めながら降ろす太刀は、多少離れたところで間合いから逃れることは無理だ。が、タケルは更に距離を詰めた。


ヘルヴィスの太刀の間合いから、遠く離れるのではなく近付いた。ヘルヴィスは太刀では無く、腕でタケルの肩を殴るだけになる。

タケルの右手が、ヘルヴィスの右腕を上から押さえる。惜しげもなく槍を手放していた。

咄嗟に引き上げようとするが、腕が動かない。軽く押さえているようにしか見えないが、ピクリとも上がらない。

剣を持った右腕は、タケルの左肩と右手の間に挟まれて微動だにしない。


タケルに凶悪な笑みが零れる。

魔族の肉体構造は熟知していた。下に向ける力は強いが、上に向ける力は人間より弱い。

左のカギ突きを肘に対して撃ち上げる。

ショートアッパーと言われる打ち方。それを骨が砕けやすい角度に正確に狙い撃つ。


ヘルヴィスの右腕が曲がってはいけない方向に曲がった。

これで、両腕を奪った。が、ヘルヴィスは左腕で殴ってきた。

槍はすでに抜け落ちていた。それでも掌は砕かれている。それを武器に使うのかと驚いたが、身体は反応して首を傾けて掌をやり過ごした。


改めて攻撃をしようとする。が、後ろ襟を掴まれていた。引っ張られ、身体が浮き上がろうとする。

理性が状況を否定する。左の掌には槍が刺さっていた。それも平たい形状では無く三角槍だ。穂先の太さは子供の手首ほどはある。位置的に最低でも中指と薬指に繋がる中手骨(掌の大半を構成する骨)は砕かれている。人差し指と小指に繋がる中手骨も無事では済まないはずだ。

ヘルヴィスが獣のような咆哮を上げ、タケルの身体を引き上げた。

それに上へ持ち上げる力は、そんなに強くない筈だ。明らかに異常が起きている。


本能が状況に反応する。

そのまま地面に叩きつけようとする勢いに逆らわず、身体を丸めて勢いを逆に強くする。

地面に向けた力は再び上へと向かい、タケルは猫のようにしなやかに一回転して、ヘルヴィスが騎乗する騎竜の首元に立った。

身体を丸めた勢いで、同時にヘルヴィスの左腕の関節も折っていた。

重い物を投げていたのが、急に軽くなるどころか、その方向に進みだしたのだ。更に妙な角度をつけて。

自らの力で自身を傷つけたも同然。頑丈な肉体であろうと関係なく関節は折れてしまう。


今度こそ両腕を奪ったと思ったタケルの前で、ヘルヴィスの右腕が元に戻って行く。

治癒の魔術。魔族も使えることを思い出す。そもそも、ヘルヴィスはゲオルゲを含めた多くの騎士を喰っているのだ。その技量を身に付けているのは当然だろう。同時に、自分と同様に骨折すらも治せる痛みへの耐性。

倒すには軽い怪我をじわじわと積み重ねても無意味だと察した。


ヘルヴィスを倒すには、武器を使用して一気に仕留めるか。

武器が無ければ、治癒の暇が無いほどの連打を続けるか。

現状は武器が無い。おまけにヘルヴィスは簡単には仕留められないだろう。


つまり、これまで身に付けた能力を、全力でぶつけても良い相手なのだ。


歓喜の衝動に包まれながら、拳を打ち込む。

足場は最悪だが、絶妙なバランス感覚で拳に体重を乗せ、それを連打で浴びせ続ける。

一方のヘルヴィスは、これまで経験したことが無い攻撃に戸惑いを覚えながらも、別の感情に震える。


興味。素手でこれほど多彩な攻撃が出来るのか。必死に防いでいるが追い付かない。

恐怖。自分を殺すことが出来る。それが分かる。


つまり、この男は殺戮するだけの相手でも、狩りの獲物では無い。戦う相手なのだ。


歓喜に包まれながら、鐙に立ち上がりタケルに攻撃を始める。

だが、自らの攻撃が当たらない。一方的に攻撃されるだけだ。

素手での戦闘技術に差がありすぎる。


威力で優っていても、当たらなければ意味は無い。

しかも、ヘルヴィスが初めて経験する多彩な攻撃は、痛みと共に身体の自由を奪う。

その全てが新鮮で楽しい。もっと経験したい。


タケルの前蹴り。ヘルヴィスの顔を狙っているが、上段蹴りでは無い。

立っているタケルに対して、ヘルヴィスは座っている。

いわゆるヤクザキックと呼ばれる野蛮な攻撃だが、その威力は非常に高い。


ヘルヴィスは、両腕で防御しながら、腰を降ろし鐙から足を抜いた。

その威力に身体が浮く。疾駆する騎竜から身体を浮かせれば、離れながら落下するだけだ。

だが、空中で後方から来る、配下の肩を掴んで落下を防ぐと、配下の肩や騎竜を足場に飛び移りながら、再びタケルに迫る。


「仕切り直しだ」


戦場は、それぞれの乗騎での戦闘から、疾駆する竜騎兵の上に移った。


周囲を置き去りにして、勇者と魔王は、狂人同士の戦闘(戯れ)に興じ続ける。




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