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根之堅洲戦記  作者: 征止長
真実と偽りと
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三度目の新年 


アーヴァングが残した、ロムニア軍に関しての資料を見るため、俺は新年早々、テオフィル家に邪魔をしていた。

王宮に残されたものでも資料としては十分だが、俺としてはアーヴァングが何を考えていたかを知りたかった。そんな訳で、屋敷の資料を見せてもらうことにした。


「この辺りになります」


ロートルイが棚から資料を取り出す。

領地に関する資料と変らない多さの量が並んでいる。

アーヴァングの、元帥になってからの苦労が偲ばれる。


「悪いが資料を見ている間は、アリエラを借りるぞ。

 それと、ファルモスにも俺が来ている事を伝えて欲しい」


アーヴァングがいなくなった後の、アリエラとファルモスの事も気になっていた。

アリエラとは訓練で会うが、アーヴァングの喪失を実感しにくい赤備えと、父と会っていた屋敷では随分と違いもあるだろう。


それにファルモス。今でも王宮の中庭でやっている、夜の見習いの訓練に指導しに行っている。

こう言っては悪いが、見習いに指導する事は反面教師を見れることになる。

現在の俺が強くなる方法として、目指す手本となる教師はいない。仮にジジィが生きていたとしても無理だ。

だから、こうならないようにと、見習の動きを見て勉強している状態だ。


そこで、ファルモスとロディアを何度か叩きのめしている。

強くなりたい。そう言うので、気を失うまで叩きのめすのが、最近の日常になりかけている。

訓練所から解放されて、どうなるか確認しようと思ったのだが、ファルモスは新年早々から訓練だと言ってロディアの所に行ったらしい。


ロートルイに伝言を頼んだので、平常運転ならロディアと一緒に戻ってくるだろう。

アイツ等の中では俺がいる=訓練をしてもらえるになっているようだ。

まあ、その時は折角だし、良い経験をさせてやろう。


それに実力はありながら、騎士への叙勲は見送られた。

両者ともに、領主となる家格の後継者だ。立場的に簡単には上げられない。

おまけに座学に難があり、今年の閲兵式でも、城壁から見られる程の成績を取れなかったらしい。

まあ、スキップ無しなら15歳で騎士になるのに、アイツ等は10歳だ。座学について行けないのは当然で、剣技で優秀なのが異常なくらいだ。


「それでは、あとはお願いします」


「了解しました」


ロートルイは、アリエラに頭を下げて部屋を出て行く。

この世界の文字は、昔の日本語から分岐した物らしい。だから俺にも少しは読めるようになったが完全には読めないので、困ったときのために常に文字が読める奴を側に置く必要があった。

アリエラには、普段もレジェーネやダニエラと変らないレベルで頼っているので、今回も頼る事にした。


資料を読み進めていくが、残念ながらアーヴァングの意図までは読み取れない。

あの男は、この重圧とどう向き合っていたのだろう。

戦場で強敵と向き合うのとは違う、多くの者を背負った重圧は、俺の今までの人生で向き合ったことが無い類のものだ。

何か参考にでもなればと思ったが、資料と向き合っても分かるものでは無さそうだ。


「何だか、今のタケル様を見ていると、父上が元帥になった時のことを思い出します」


俺が大きく息を吐いたタイミングで、アリエラが笑いながら感想を述べる。

いや、それなんだよ。俺が知りたいのはアーヴァングがどうしてたかだ。

何か覚えているなら、それを聞きたい。


「アーヴァング殿は、元帥になった時はどうだったんだ?」


「そうですね。ただ、その前の母上が死んだときの変化が激しかったです。

 そこからで良いですか?」


「ああ、頼む」


「母上の仇を討つ。母上だけではなく、叔父上、イオネラの父君や、エリーザ様の父君であるヴァルター様の仇を討つと人が変わったように訓練を始めました。

 子供心に、その時は怖くて、母上が死んだ寂しさより、父上の変化が恐ろしかったです」


ヘルヴィスと最初の遭遇で大敗した戦いだな。

確か、前の王太子が頑張りすぎて撤退のタイミングを誤ってしまった。

その後にイオネラが母親、つまりアーヴァングの妹と一緒に屋敷に転がり込んできた。

イオネラと叔母の存在はアリエラにとっても有難かったようだ。


「その叔母上も戦死した後、父上は元帥に指名されました。

 その時は、仇だ何だという以上に、押し付けられたと不満を漏らしていて、不貞腐れた態度でした」


鬼気迫る感じだったのが、何処か滑稽な感じに見えたそうだ。

振り切った感じか? いや、やることが多すぎて復讐の事だけを考える訳にはいかなくなったのだろう。

そう考えると、ティビスコス達はアーヴァングのために元帥の任を押し付けたとか?

だとすれば俺も? いや、それは無い。アイツ等は自分がやりたくないから押し付けただけだ。


「父上が元帥に任命された年は、私は訓練所にいたので、父上と一緒にいる時間は短かったのですが、叔母上の葬儀の関係で三日ほど屋敷に戻りました。

 叔母上の死を悲しむ間もないほどの重圧を感じて不満を漏らし、それに」


少し間を置いて、嬉しそうに、同時に困った表情を浮かべる。


「勇者召喚の議。それを引き継がねばならないと。それは面倒そうに言っていました」


「それ、聞いたよ。全然、期待していなかったって」


思わず、俺も笑ってしまった。

そうだ。アーヴァングが元帥になったのは、俺がこの世界に来る半年前だった。

アーヴァングは、壊滅しかけている軍の再編や、役に立つとは思えない勇者の召喚の準備に忙殺されていたんだな。


俺もあれこれと悩むより、やれることをやるしかないんだな。

俺が、この世界に来て三年が経つ。

最初の年に、ゼムフェルク達を救助した時、ジジィもヴィクトルも言っていた。

俺も、部隊も、ヘルヴィスに、奴の竜騎兵に及ばないと。

だが、今はどうだ? 俺は強くなった。あの頃は意識して使っていた武神の力を完全に使いこなしている。

赤備えは1000騎に増強され、俺の手足のように動かせる。


「タケル様。この世界に来てくれて、ありがとうございます」


前にも言われた言葉だった。

アリエラと初めて会った日に、今と変わらない嬉しそうな表情で。

思わず、顔が熱くなる。あの時も、そう言われて凄く嬉しかった。


「俺の方こそ、俺を呼んでくれてありがとう」


あの世界で、俺は納まりが悪い存在だった。両親に疎まれ、居場所が無かった狂人。

そんな俺に居場所をくれた。この世界を守りたいと心から思える。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「アリエラちゃん、機嫌が悪い?」


「そんなこと無いですよ」


実際は悪い。先程まで、タケルと二人でいた空間は気持ちが良かった。

ずっと、こうしていたい。そう思わせるものだった。

だが、その空間を打ち破る闖入者が現れた。ファルモスとロディアだ。

タケルがいると聞いて、走って帰って来たらしい。

勇者であり、元帥でもあるタケルに、当たり前のように訓練を見て貰えると思うなど、図々しいにも程があると思うが、当のタケルが平然と受け入れているので、説教も出来ない。


更にイオネラまで、ルウルを連れてやってきて、もう先程までの空間は絶対に戻ってこない事が確信できた。

諦めるしかない。それは分かるが、やはり不満だった。

同時に、自分の気持ちも分かった。それをイオネラに言わないのは不義理だろう。


「イオネラ、私はタケル様の事が好きです」


イオネラと同じ想いだ。

それを口にした。今までの関係が壊れるのではないか。そんな恐怖があったが言わなくてはいけない。


「え? 知ってるけど]


だが、返ってきた言葉は、何言ってるのと言わんばかりの表情と一緒にだった。


「そんなことより、随分とハードな訓練をするよね。二人とも、よく耐えている」


人が思い切って言ったことを、そんなこと、呼ばわりされた。おまけに異世界語を使って来る。

気を取り直して、模擬刀を構えるファルモスとロディアに視線を移す。

二人が向き合っているタケルは、構えるでもなく自然に立っている。


「まさか、赤備え式の訓練を、あの二人にするとは思いませんでした」


「だよねぇ。普通なら、泣いて倒れるか、ヤケになって斬りかかるか。

 それを随分と耐えてる」


タケルの殺気を浴びながら、隙を見つけて攻撃する。

言ってしまえば、それだけに過ぎない訓練だが、受ける側としては冗談では無かった。

本気で殺されると思うのだ。何でも、ヘルヴィスと戦闘した際の話を聞いて思いついたらしいが、ヘルヴィスと遭遇した人の話を聞く限り、間合いまで接近されると、恐慌状態に陥るそうだ。


その再現をやろうと、タケルが全力で殺気を放って受け止める。

受けた側は死を覚悟するしかない。取れる選択は諦めて泣くか、ヤケになって特攻か。

それ以外を選択できる者は少なかった。


「イオネラのように、本当に隙を見出して攻撃する実力は、あの二人にはありません」


「でも、アリエラちゃんみたいに、無の境地になる方が余程難易度が高いと思うよ」


そんなことは無い。アリエラは本気で思う。

何があろうが関係ないと、何も考えずに、ただ、矢を射るだけだ。

ある意味、諦めだと言える。

それに比べ、イオネラは殺気を跳ね返しながら隙を伺い続けることが出来る。


「実際に攻撃を出来るのは、赤備えでも十に届きません。みんな攻撃をした瞬間に気を失います」


「いや、あの殺気を浴びながら、何も考えずにいられる方が異常だと思うよ」


反論しようとしたところで、ファルモスが動いた。

隙を見つけた訳では無い。ただ、耐え切れなくなっただけだ。

そのようにして動けば、途中で気を失って倒れる。訓練で最も多く見る光景だった。

イオネラは当然、途中で意識を失ったりはしない。


「ロディア君もダウンか」


ロディアが、その場で崩れ落ちた。

負荷に耐え切れずに、身体が無理な休息を選んだのだ。

だが、むしろ褒めるべきだ。倒れるまで訓練する。言うのは優しいが、やるのは困難だ。

まして、体力の消耗は少ない。それを倒れるまで耐えるのは無理がある。だから普通は倒れる前に楽になろうとヤケになる。


ルウルが倒れた二人の頬を叩き、目を覚まさせる。

何があったか分かっていない、呆然としている二人の様子を確認していく。問題は無いようだ。

失禁したようで、股を気にしているが、それも見慣れた光景だった。


「それじゃあ、私が見本を」


イオネラが前に出る。

今日は新年の正装で騎士服では無い。

それを気にした風もなく、模擬刀を構える。


「良いのですか?」


思わず、ルウルに聞いてみる。

そもそも、イオネラの屋敷には領地の者が挨拶に来ているはずだ。

何と言っても、シュミット家の新当主はグラールスを仕留めたのだ。領民や配下が騒がないはずが無い。

そこから逃げ出したのも拙いだろう。


「伯父でもあり、元帥だったアーヴァング様が戦死した事や、次はヘルヴィス本人が来ると言って黙らせた。

 実際に浮かれる余裕が無いってことは事実だからね。あの格好で訓練したと言えば、説教はされても箔は付く」


「そんなものですか」


「そんなもの。アンタ等も明日辺りは忙しいだろうけど、毅然としていれば良い。

 それより始まるから、ロディアとファルモスは、しっかりと見なさい」


そう、ロディアとファルモスに伝えると、イオネラに視線を移す。

イオネラはタケルの殺気を弾き返しながら、剣やつま先の角度を微妙に変えて、隙を作ろうとしている。

その重圧に、既に汗を浮かべ、顎先から落ちているが、気にも留めずにタケルに集中する。


見ているだけで汗をかきそうな圧力が漂っている。

ロディアか、ファルモスのか、唾を飲み込む音が聞こえた。

その瞬間、イオネラが動く。誘われた。それが分かった。イオネラが隙を作ったのではない。

タケルが誘いの隙を見せて、イオネラが飛び込んでしまった。


交差するまでも無く、イオネラの剣が落とされる。

打たれた腕が、可笑しな方向に曲がっている。


「綺麗に折ってやった。折角だ。自分で直してみろ」


「いや、凄く痛いんですけどぉ」


イオネラが涙を浮かべながら抗議をするが、それでも骨折を直そうと術を唱えようとしている。

だが、痛みで集中できずに、諦めてルウルに泣きついた。流石に骨折は無理だったようだ。

もっとも、そんなことが出来るのはタケルだけだった。


「も、もう一度、お願いします」


ロディアが、タケルに訓練の継続を願い出る。ファルモスも同様だった。

流石に、タケルも驚いている。精神を消耗して気を失った後は、何もやる気が起きないのが普通の反応だ。

それに危険も伴う。本当に壊れかけない。


「もう、今日は無理をするな。明日も、また見てやる。

 ん? 明日は領地の人の挨拶があるのか?」


ファルモスは、新当主予定として挨拶を受けることになっている。

不満そうにファルモスがアリエラを見て来る。何とかして欲しいと思っているようだ。

アリエラは先程のルウルの言葉を思い出す。


「ファルモスは、王国最強の剣士と呼ばれた父上の後を継ぐのです。

 それなら、座して挨拶を受けるより、訓練をしている姿を見せる方が良いでしょう。

 よろしければ、明日もお願いできますか」


「そうか。だったら明日も気が向いた時に相手してやる」


その言葉に、ファルモス達は喜ぶ。

そして、アリエラも、明日も会えると思うと嬉しさを抑えきれないでいた。






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