表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
根之堅洲戦記  作者: 征止長
真実と偽りと
95/112

勇者の力?


鮮花は執務室で、地図を睨んでいた。護衛と相談役にジュリアとペニッラを呼んでいる。

出来ればロムニアの騎士の意見も聞きたいが、訓練で時間が空かない状況だ。

特にイオネラなら、物怖じもしない上に会話のテンポが良いので、脳の活性には最適だが、そのイオネラの剣技こそ、訓練で求められているものだった。


諦めて、地図を見ながら、先程まで話していた戦略を振り返る。

基本的には、他に方法が無かった。奇策を思いついても、所詮は奇策だ。大本の戦略を揺るがすほどの価値は無い。


正攻法でも、北方の国境線までは取れるだろう。

だが、問題は相手である魔族のリアクションだ。

兎に角、ヘルヴィスと言う魔族は理解しがたい存在だった。


それでも、脳を食った相手の知識を手に入れるという情報で、何となく理解できた気がする。

特に最初に食った脳の影響が大きいようだ。確かに知識と言う思考のベースは、考え方や人格に大きな影響を及ぼす。


本来の、と言って良いのかは疑問だが、脳を食わない魔族は、獣に近い。

狼のように群れで行動する統率の取れた獣レベルの知能らしい。

群れの上位者には逆らわない。だが、混乱すると己の生存を優先して逃げ出すことも多い。

それを従わせるのが、上位者の器量だと言える。


その意味では、グラールスは本当に優秀な指揮官だったようだ。

半ば死ねと命じているような突撃に従わせた。

グロースからの情報に聞く、新しい魔族軍の指揮官として、非常に高い適性を持っていたと思われる。

アーヴァングは失ったが、グラールスを討てたのは僥倖だった。


そして、ヘルヴィスだが、非常に高い統率力を持った魔族だと考えられる。

それは、本来の魔族の性質のものとして能力だ。狼で言うアルファ。同種を従わせる力によるカリスマ。

元は単体で行動していた事を思わせる、配下の命を無視するような傍若無人と言える行動をする。

その一方で、細心とも思える行動が多い。自身の命より配下の命を失わないようにしたとしか思えない矛盾した行動をする事が多く見られた。


「ヘルヴィスは、最初に誰の脳を食べたと思う?」


半ば確信しながらも、ジュリアとペニッラに質問する。


「ヒルバース将軍で間違い無いだろう」


「私もそう思います。たった一体の魔族を討伐するのに、三千もの騎士の動員を進言し実行した人物。

 臆病者と揶揄されていたそうですが、今となっては、それでも不足していたと思います」


クンゲルブの怪物がヘルヴィスだとすれば、ヘルヴィス最大の危機は、ヒルバース将軍が仕掛けた消耗作戦だろう。

ヒルバースの事を知る人物は、ほとんどが軍を老齢で引退しているが、話を聞く限り勇敢とは正反対。自ら怖がりと公言し、慎重に石橋を叩いて渡るタイプの将軍だったようだ。


そんな慎重な騎士と、無謀とも言える勇敢さを持った戦士。その融合がヘルヴィスだと考えれば、そのアンバランスな行動にも納得がいく。

だが、それが分かったからと言って、対策が困難であることには変わらない。

むしろ、慎重と無謀のどちらに針が振れるかで大きく行動が変わると考えれば、その行動を予測するのは無理に近い。


「アルスフォルト殿下は、ヘルヴィスの性格を稚気があると言ったそうだけど、確かに行動が不安定なところは子供と言えるわね」


こういった相手は、鮮花が苦手なタイプだ。

なるようにしかならない。


「ところで、イオネラの剣の秘密は分かったのか?」


「らぶぱわあ、とか言ってましたよね」


イオネラの剣。魔族を容易く断ち切る能力は、注目を浴びているが、肝心のイオネラにも良く分かっていないのだ。

本人はタケルの事を思っていたら切れ味が上がったらしいので、愛の力だと言っている。


「あれね。何と言うか、愛の形って様々だしね」


実際に確認したところ、鮮花には薄っすらとしか気が見えなかった。

勇者特典のようだが、武尊ほど反応が良くない。

この違いが何かは分からない。純粋に武人としての差なら良いのだが、他の理由があれば、そこが勇者としての条件に重要な要因になりかねない。

気にはなるが、現状では情報が少なすぎて推論さえ大したものが出ない。せめてカザークの勇者が生き残っていれば、何らかの実験が出来ただろうが、武尊と鮮花の二人では、サンプルが少ない上に、個体差がありすぎて比較対象として不向きだった。


分かった事と言えば、イオネラが気を刃の先端に集めている事と、武尊の気と非常に似通っているという事だった。

前者は単純にイオネラの集中力のなせる技だろう。天才という単純な言葉は好きでは無いが、実際に才能というものはある。

努力を上回るとは言わないが、才能が無ければ努力しても無駄に終わるものが少なくない。それが現実だ。


イオネラは、その才能が有る。そして、努力を楽しむことが出来る。

努力で最も重要なのが動機だ。ポジティブ(やりたい)ネガティブ(やらなくては)かの違いはあれど、強い動機があれば努力は出来るし、動機がなければ努力をしたと言っても、つもりだけでしかない。


この世界の騎士は基本的にネガティブな動機で訓練している。何と言っても努力しなければ人類は滅ぶのだ。嫌でも努力をせざるを得ない。

その一方で少ないながらも、ポジティブに強くなりたい、戦いたい、そんな人間が存在する。

異世界から来たとは言え、武尊はその極致にいる存在だ。それとイオネラも同類だった。温厚そうに見えて、戦う事を何処か好んでいる。武尊ほどでは無いが、鮮花から見れば狂った精神の持ち主。

だからこそ強くなれる。


そして、不思議な事に、気の波長のようなものが似通っているのだ。

これは、性格が似ているからなどではない。普段はイオネラ独特の気でしかない。

それが、イオネラが武尊を想った時に同等のモノになる。

まるで、武尊が力を与えているかのような。そんな可能性もある。


そう思い、何人かにタケルの事を強く思って気が変わるか試してみた。

結果、アリエラは少しだけ変化があったが、イオネラほど強くはない。

そして、エリーザに至っては全く変化が無かった。


「単純に恋愛感情って訳じゃ無いのは確かね。

 だから、下手に気にしない事を薦めている。ジュリアだって嫌でしょ? 戦闘中に色々考えろって。まして、自軍の総大将に何かを要求するなんて」


「要求?」


「気にしないで。確信は無いし、現状でどうにか出来る類のものでは無いから」


そうは言ったが、半ば予想は付いている。

三人の女性の武尊への想いは、一言で言えば愛情だが、アプローチが異なる。

イオネラは、元々は子種を要求していた。それが添い寝や訓練相手など、多くを望むようになった。

アリエラは、お互いに側にいること。望むと同時に望まれようとしている。


それに対して、エリーザは女であり過ぎる。

女の(サガ)に従順すぎた。男に対して献身的すぎるのだ。

愛する男の要求に応えようとしている。応えたいのだ。

かつて身に覚えがある感情に苦笑を漏らしてしまう。


「残念だけど、イオネラの力は使えない。手遅れだったわね」


武尊は、間違いなくヘルヴィスの天敵になりえる素質を持っている。

ヘルヴィスの力は予想通りで、魔族の間では、加護と呼ばれていることが分かった。

魔族はヘルヴィスを、王としてではなく、神として信仰している。

信仰と言えば聞こえは良いが、言ってみれば要求だ。

死後の安寧、現生での利益、形は違えど、結局は神に祈りながら何かを要求している。


ヘルヴィスへの信仰は、人間を家畜として支配する世界の実現だろう。それにヘルヴィスは応えようとしている。

だが、武尊に何を要求するのか。魔族の討伐では無い。何故なら魔族の討伐は行動だ。行動は手段であり目的では無い。

要求なら、何でも良いと言う訳では無いだろうが、内容が不鮮明なのだ。


全員にイオネラのような要求をさせる訳にもいかない。

むしろ、現状では武尊は元帥と言う軍の頂点に立ってしまったため、配下としては要求を呑む形になっている。逆に守る対象でもあるのだ。

全員がエリーザに近い状態になってしまった。


もう少し、早く知っていれば何か手を打てたかもしれない。

だが、そんな時間は無い。長城の完成と移動速度を考えれば、来年は大規模な侵攻は無いだろうが、遅くとも再来年にはヘルヴィスとの直接対決があると思って良いだろう。

勇者としての力に未練は残るが、それは使えないと割り切るべきだった。


現状での勝機はヘルヴィスを直接討つこと。

それさえ叶えば、魔族は加護を失い、並の騎士でも一対一で勝てるようになる。


「残念だけど、私に出来ることは、あまり無いわね」


ヘルヴィスを討てるとしたら、それは戦場で、戦闘中に討つしかないのだ。

一寸先は闇。そんな戦場での行いを予言して、策を授けられると思うほど鮮花は自惚れていない。

出来るとすれば、戦場での選択肢を少しでも味方に多く、相手に少なくする状況を作る事だ。

そう考えながら、鮮花は再び地図に目を落とした。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「頭で考えても答えは出ない。だから試す」


俺は、アーヴァングが残した部隊の指揮官にヴィクトルとロートルイのどちらが良いかの問題を、実際に模擬戦で試すことを提案した。

何しろ、二人とも甲乙つけがたい能力なので、色々考えても良い答えが出るとは思えなかった。


「次の閲兵式では、元帥直営軍を二つに分けて、ヴィクトルとロートルイに指揮をさせる」


「二千と四千では異なると思うが」


アルツールが、真っ当な事を言って来る。

確かに、言っている事は正しい。だが、この件で必要なのは正しさではない。

何と言っても、どちらを選んでも正しいと言えるのだから。


「二人のどちらを選んでも間違ってはいないからな。要は出来るだけ多くの者が納得する形にすれば良い」


「なるほど、勝った方が指揮官。確かに、納得しやすいな。特に下で戦う者は。

 では、赤備えも閲兵式では分けるか?」


「ああ。良い機会だ。リヴルスとイグニスに率いさせる」


正確にはリヴルス対イグニス&ルクサーラのコンビ。

イグニスは猪突の毛があり、攻勢に回った時は強いが、受けに弱く大局を見れないところがある。

だが、それを常に一歩引いた姿勢のルクサーラがフォローすれば非常に優秀な指揮官になる。

ちなみに、リヴルスのところにはエレナがいるが、一言で言えば劣化イグニスだ。上手くリヴルスが使ってくれることを祈ろう。


「ならば、私の隊も分けるか」


「ティビスコスが、そうしてくれると助かる。出来れば抜けてくれると余計に良い」


「そうだな。私は上で陛下に解説でもするか……って、貴様はどうするのだ?」


自分で言うと自惚れっぽくて嫌だが、実際に俺が参加すれば、参加した側が圧倒的に優位だ。

だから、模擬戦には参加しないで、直属の隊は見学になる。


「俺に解説は無理だからな。直属の連中と何かパフォーマンスでもするか」


「おい、アザカ殿が来てから異世界語が増えてるぞ」


「あ、悪い。まあ、出し物と言うか、アレだな。何か凄いなぁと思えるような事をしようかな?」


「飛んでくる矢でも掴みまくるか?」


「それくらいなら、直属でなくても赤備えなら全員が可能だ」


「随分と出鱈目な部隊になったな」


常に駆けながら攻撃と防御をやらせているから、反射神経は元帥軍より上。

元帥軍は、槍と剣の両方を同時に扱う技量を持っているが、その本分は攻撃にある。

それに対し赤備えは機動力と突破力だ。現状では赤備えの後に元帥軍が突っ込む形が一番有効な使い方だろう。


「まあ、何か考えておくよ」


「いや、無理に何かをする必要も無かろう。時間も無い上に、お前の好きにさせると、妙な事をやらかしそうだしな」


実に厚い信頼が見える台詞である。

だが、確かに、もう直ぐ今年も終わりだ。

考える時間は、あまり無い。おまけに元帥としての勉強もある。

苦手な事は周りに押し付けろと言われてはいるが、何が必要なのかは知っておく必要があるからアーヴァングが残した資料で勉強中だった。

正直、ネタを考える暇が無い。


「でも、何もしないのもな」


「最後を締める形にしてくれれば、それで良いだろう」


「それに、少し働き過ぎだ。

 元帥に推薦しておいて、こんな事を言うのは何だが、背負いすぎることは無い」


「おまけに、隊の訓練だけでなく、相も変わらず、過酷な自己鍛錬を続けている上に、騎士見習いの面倒まで見ているそうじゃないか」

 

「いや、それは好きでやってる事だからな。

 むしろ、やるなと言われたら困る」


呆れた表情で見られているが、俺が嫌なのは元帥としての仕事だけだ。

訓練は好きだし、それでストレス発散しているようなものだからな。

だから、この会議より部隊の訓練に行きたいんだよ。

もう直ぐ、ヘルヴィスと直接戦う時が来るんだよ。

何度も耳にしてきた怪物と戦える。それを楽しみに今まで戦ってきたんだよ。


だが、それを言う訳にもいかずに、我慢して話を続けるのしかない。

この不自由さが、噂に聞くサラリーマンの辛さなのだろう。

気ままな専業農家じゃない。地位と報酬を得たものの責任だと思って諦めよう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ