基本戦略
「これって、アレだよな。三国志に出てくる虎牢関とか、そんな感じの」
俺は、元帥用の執務室で、ディアヴィナへの帰還を延期した鮮花に声をかける。
鮮花は魔族が脳を食うと聞いてから、ディアヴィナ王国に戻るのは危険だと判断した。
船で移動すれば途中で襲われる危険は無いが、船に乗るのは抵抗がある上に、危険度で言えば王都にいる限りはロムニアもディアヴィナもヘルヴィスの前では変わらない。
ヘルヴィスがどうやって勇者を見つけ出したかは不明だが、現に9人の勇者がヘルヴィスに補足された。
奴がいる限り安全な場所は無いと、今では俺の軍師のような立場に落ち着いている。
「ですね。おそらくグロースとロムニア、片方を長城で食い止めて、その間に主力を全て率いて、もう片方を攻める。それが魔族の基本戦略になると思います」
グロースに行っていたヴィクトルと、偵察をしていたイグニス達が同時に帰還して、持ち帰った情報から、魔族の基本戦略の予想を、そう結論付ける。
ヴィクトルの話によると、魔族の主力も随分と様変わりしているようだ。
魔族は軍になっている。これまでは軍と言うには稚拙な部分があった。
ヘルヴィスの竜騎兵は例外だが、他は獲物を狩り立てる狩猟と変らない戦い方だったのが、人間を対等の相手と見なし、軍としての機能を持ち始めている。
「桝形虎口と思われる作りだし、この分だと、長城の防御機能も甘くは無いだろうな」
城壁では無く長城だ。一枚の分厚い壁では無く、薄い壁を二枚並べて、その間を土で埋める作りのようだ。
薄いと言っても、王都の城壁と変らない厚さがあり、その間を土で埋めてしまえば、破壊は不可能レベルの困難さだ。
俺達が西へ向かう前提で考えると、突破するとすれば、出入りをする門からになるが、この西に向かう門に入っても目の前は壁。次の門に入るには、北に曲がってある程度進んでから、再度西に向き直して進む必要がある。
一人で走れば、そう問題にはならないが集団で進めば、相当に速度が落ちる。そこを銃で攻撃されれば死体の山を量産されるだけだ。
「虎口を知ってたくらいです。その他の防御機能の知識もあるでしょう。
狭間は確実に設置していると見て良いかと。一番厄介な銃の使い方をしていると思いますよ。他にも門の上から熱湯や大きな石を落とすくらいはするでしょうし、航空戦力なしで突破できる防御では無いでしょうね」
江戸時代にあった城の大半は、航空戦力無しだと力攻めは不可能だと言われている。
この長城にも、それに匹敵する防御能力があると考えて良いだろう。
つまりは、突破を前提にした戦略は取れない。
「本当に、他の勇者って碌な事をしていない気がする」
「まあ、私達も脳みそを食べられたら、不味い事になりますけどね。いや駄洒落じゃないですよ」
「思ってないから安心しろ。だが、お前が食われたらと思うと、まだマシか」
鮮花の脳が食われたらと考えると絶望感しかない。
こいつの知識は本気で洒落にならない。本人は自重してくれるが、魔族が自重してくれる理由は無い。
それが魔族のモノになると想像すると胃痛じゃ済まない。
「それにしても、変な知識が多いよな。おまけに役に立つのが魔族側にだけって何の嫌がらせだ?」
「それは、この世界の特徴ですからね。むしろ、転移してきた人にとっては、銃が通じない魔族の特徴なんて、それこそ嫌がらせな世界ですよ」
「だが、カザークの勇者は色々やっていたらしいが、全部役立たずだったらしいぞ」
「それは内政チートを狙ったからですよ。実際に無理ですから。ほら、アフガニスタンで銃撃されて亡くなった日本人医師の話は知っています?」
「俺がニュースを見ている顔に見えるか?」
「思いません。まあ、その医師が随分前に出した本を読んだことがあるんですが、アフガニスタンでの復興支援では、西洋の国際支援団体が色々と用意した道具が結局使われなかったって事が書いてたんです。
何故だと思います?」
「中東の人が西洋人を嫌いだから?」
「それも無いとは言えませんが、大きな理由として、これまでと大きく使用方法が異なる道具だったことが大きいそうです」
「使い方が分からなかったとか?」
「覚えるのが面倒だって事もあるかもしれません。人間って、絶対に必要でない限り、新しいものに拒絶反応を起こしたりしますからね。その点で、戦争の道具は受け入れやすいって皮肉ですよね。
その与える人が本当に尊敬されて、真似をしたいと思わせるか。それが出来なかったら、日本人医師がしたように、現地の道具の能力を上げる方法で発展させる。つまりは相手の事を知る。
まあ要するに、優れた西洋の文明を、お前等野蛮な中東人に恵んでやるよって考えでは受け入れられないって事です」
「いや、そこまでは思ってないだろ。それに日本だって西洋の文化を受け入れているだろ」
「ある程度は。西洋に追い付け追い越せの精神で身に付けたものです。
でもGHQは日本を占領した後の支配で、漢字を無くそうとか、米食を無くそうとか計画しました。
両方とも野蛮な黄色人種の物だからです。だから、未発達で可哀想な民族が食べている野蛮な米を無くそうと善意で考えて、難しくて文字も読めないから…実際は読めるんですが、GHQは見下しているから難しい漢字を読めないと思いました。だから、間違った思想に取りつかれたと考えたんです」
「失敬な話だな」
「その考えを持ったのが、カザークの勇者です。優れた私達の世界の文化を、中世と言って良い世界に教えてやると」
「日本人の中にもいるんだな」
「いや、普通でしょ。ネコ型ロボットが出てくる国民的なアニメの主人公も、タイムマシンで過去に行って似たような事をする話を見たことがありますよ。
いや、冷静に考えると酷い話ですよね。あの作品のヒロインって、順調にいけば成績優秀なイケメン君のお嫁さんだったのに、未来を変えて小学校のテストで0点を取る取り柄無しと結ばれるんですから。
私がヒロインなら、逆に青いネコ型ロボットを抹殺するために元カリフォルニア州知事みたいなアンドロイドを送り込みますよ」
「いや、彼だって良いところはあるだろ」
「だって、小学校のテストで0点ですよ? って、まさか」
「いや、俺もバカだって自覚はあるけど0点は取った事無いぞ」
「ですよね。テストで0点を取るって、逆に凄いですよ。おまけにスポーツもダメなんですよ。
そんな人と結婚って、人生の墓場って言葉が重すぎますよ。全力で変えたくなるでしょ?
アイルビーバックってなりますよね」
「お前にかかると、微笑ましい国民的なアニメが、殺伐としたアクション映画になるんだな」
「捻くれた性格をしていますから」
「まあ、脱線は終わりだ。そろそろ真面目に話すぞ」
「そうですね。こちらが選べる戦略は大きく分けて二つ。
長城の建設を邪魔するか、長城の建設までは時間が有るので、迎撃の準備を整えるかになりますが。
ちなみに長城の完成は、基礎は完成しているようなので、残りは一年もかからないと思って良いでしょう。建設においての最大の懸念である材料は、その辺の城から取り放題ですから」
だよな。江戸時代の城なんて、古墳から分捕ったり、石を集めるのに苦労したって言うが、魔族にとっては支配した相手の城がゴロゴロしている。
必要な家畜小屋としての機能を残して、防御施設の城壁とかから好きなだけ持って行ける。
「グロースはどうだか知らないが、ロムニアは建設の妨害は無理だな。
建設にどれだけ時間がかかるかは、はっきりしないが少なくとも一年では旧領の奪還で精一杯だ。
おまけに兵力が足りない。東はな」
ロムニアだけでは論外。近隣に援軍を依頼しようにも、一番近くのカザークが困った事に自領の回復も出来ない程の戦力減だ。とても南方諸国に戦力を送ることは出来ない。
「では、迎撃準備しかありませんね。
ただ、何処で迎撃するかです。年が明けたら、領土奪還の軍を出す予定ですよね」
「ああ、国民は、その気になっているしな。
それに、ここで手を出さないと何時やるんだってなる」
魔族に奪われたロムニアの北西の領土を奪還する。
モルゲンス家があったヴァラディヌス城を始めとした領土は、グラールスの戦死と共に、戦力の減少が起こっていると予想されている。
確かに奪還のチャンスではあるのだ。
「問題は戦力ですね。領土が広がれば、それだけ兵士が必要になります。
奪い返した所から、優秀な騎士が出てくれれば良いのですが、難しいでしょうね」
仮に城を奪い返したとしても、そこを守る兵士が必要になるので、戦力の分散が発生する。
そこに捕らえられている騎士が戦力になれば話は違う。それこそゼムフェルクとレジェーネのケースがあるし、いない事はないだろう。
だが、ゼムフェルクは捕虜だった期間は半年程度だったが、今は二年以上経過している。
「体力の低下はもちろん、心が死んでいる可能性が高いな」
繁殖を狙った組み合わせ。すでに出産している女騎士もいるかもしれない。
それに、種を出した男も欲望に負けたことにより、心の方が死ぬだろう。
体力の低下だけなら、奮起すれば回復するだろうが、心が死んでいれば、その奮起が出来ない。
それこそ長い時間をかけて回復するしか無いだろう。
「このままじゃ、取りあえず奪還と言う、曖昧な目標になってしまいますけど?」
「それは駄目だ。目指すものはハッキリさせる」
目的が曖昧だと、訓練すら曖昧になる。当然戦い方も。
だから、どれだけの人が捕らえられているのか、どこを確保するか、決める必要がある。
戦場ではとっさの判断をするが、それも明確な目標があってこそ可能になる。目標が決まっていれば回り道も出来るが、目標が見えていないと単なる迷走になってしまう。
「では、城を優先して奪還ですかね。ただ、歩兵の移動力では、時間がかかりすぎます。
そう考えると、歩兵の存在が、戦略の幅を広くしているのと同時に、狭くもしていますよね」
確かに、歩兵の能力は、これから行う攻城戦に重要な役割を持つが、その動きの遅さが時間的な枷となって取れる動きが限られてくる。
だが、戦略目的を城の短期間で奪還とすれば、問題点が出て来るし、対策もとれる。
「問題点は移動力。現状では槍部隊は騎士だから軍馬の使用が可能だが、弓兵は普通の馬しか使用できない」
「奪還するべき城の距離は、前後しますが、ざっと300km。軍馬なら日中の間に移動できます。
しかし、軍馬は移動時の速歩で平均速度は30㎞/hですが、馬は15㎞/h。疾駆でも40㎞/h。
単純計算で倍の時間ですが、スタミナにも劣るので、二日での到着も厳しいでしょう」
「計算速いな。赤備えは速度重視だから、もう少し早いだろうが、普通はそんなものか。
まあ、その二日での移動を目指したいが、換え馬を使用すればどうだ?」
「弓兵のために一万頭の馬を用意したのも、結構無理をしたと思います。
そこで、更に一万頭もの馬を追加で用意するのは現実的ではありません。流石に文官が泣きますよ」
カザークでの戦闘後に、弓兵の活躍があった事もあり、今では弓兵にも馬が渡された。
普通に用意されていたが、言われてみれば、凄い事だったんだな。
「まあ、軽くすれば移動は楽になりますし、可能な限り用意して、人を乗せる以外の馬に矢などの装備を乗せれば行軍は捗ります。
それでも、城から城への移動は四日はかかると思いましょう」
「そうなると、全ての奪還を目指すとなれば……一年では無理か」
地図上の城の場所を見る。
分散しているから、単純に距離で計算するのは無理だな。
城を攻略していけば、戻る必要がある場所も多い。
「基本的に魔族の進軍ルートを逆に進む形で良いと思います。
最北端の城を目標にする。元々が国境にあった城ですから、防御は高いでしょう。奪還は困難でも、奪還後の防御は期待できます」
「移動速度に関しては?」
「歩兵と言っても、槍兵は軍馬での移動が可能です。基本的に弓兵抜きでの戦闘を想定しましょう。
攻城戦で時間がかかれば弓兵が到着するので、二段構えの戦法が取れます。
更に、弓兵は奪った城の防衛で役に立てるでしょう」
「だが、弓兵無しで城の防御を突破できるか?」
「城門を吹き飛ばすくらいなら、接近してから爆薬を使えば可能です。
ティビスコス将軍の部隊で、盾を構えて近づいて城門に爆薬を取り付ける。
起爆に関しては、周囲の安全状況もありますが導火線を用意すれば」
「いや、そこまで出来れば、赤備えの連中に火矢を打ち込ませる。
アリエラなら簡単に出来るし、他にも出来る奴は何人かいる」
「確かに歩兵の盾に隠れて火矢を撃つのなら、赤備え以外にも出来る人もいるでしょうね」
「上手く行けば、弓兵には戦闘に参加させることなく領土奪還が可能か」
「私の予想では上手く行くと思います。
現状では、魔族は東に兵力を置く余裕は無いでしょう」
「俺もそう思う。更に、ヘルヴィスはグラールスの配下だった兵を鍛え直すと思う。
俺ならそうするってだけだが」
「ありえますね。それに武尊さんって、ヘルヴィスと気が合いそうな気がします」
「勘弁しろ。一応は勇者だぞ」
「自分で言って悲しくなりません?」
御免なさい。反論できない事を言わないでくれると助かります。
「そんな悲しそうな顔をしないで下さい。
そもそも、仮想ヘルヴィスを演じておいて何言ってるんです」
赤備えでは、俺が仮想ヘルヴィスとして攻撃する。
それを如何に対処するかを訓練している。
グロース軍がやっているヘルヴィスの突撃をいなすくらいの芸当は余裕で出来る。
「それで、実際にヘルヴィスの竜騎兵と対峙したらどうなりそうですか?」
「優勢に戦える。これは自信を持って言える。
戦闘においては基本的に訓練以上のことは出来ないが、俺達はヘルヴィスと戦う事を想定した訓練を続けてきた。
一方の竜騎兵はヘルヴィスと戦う訓練をしているとは思えない。まあ、初回だけって条件が付くが」
「初回なら、菊池武尊という想定外の相手に対処できない可能性が高いと。
そこで仕留めたいですね」
「ああ、だからこそ、奴が来るときは十分に準備を整えたい」
「そんなこと言ってると、思わぬところで急に現れたりしますよ」
「フラグって奴か?」
「そうです。失言でしたね。もうダメです」
「ねえよ」
また、話が脱線して余計な会話が始まる。
ティビスコス達との会議では、本当は鮮花にも会議に参加して欲しいのだが、俺と鮮花の会話は、異世界語のオンパレードの上に脱線しやすいので、他の参加者に不評だった。反論は出来ない。
「よし、そろそろティビスコス達が来るだろうし、会議室へ移動するぞ」
「分かりました。私はもう少し色々考えてみようと思います」
そんな訳で、ここで別れて俺は一人で会議室に向かうのだった。




