表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
根之堅洲戦記  作者: 征止長
真実と偽りと
93/112

偵察任務


11月も終わりに近づき、山頂には雪が積もっている場所も見える。

寒さに震えながらも、朝日が昇り始めた山中を進み、頂上付近から見える光景を見て、イグニスは同行しているヤニスとゼムフェルクに振り返る。


「本当に在った。アルスフォルト殿下の読み通りだ」


険しい山と山の間、アルスフォルトが予想した地点で、大規模な工事が行われていた。

山から見下ろす形になるので、正確な距離は分からない。肉眼では工事をしているとは分かるが、人の輪郭さえ分からない遠さだ。

それなのに、工事をしていると分かる。それほど、巨大な物を建設中だ。


「壁は出来ていないけど、基礎は出来上がっている感じだな」


望遠鏡を使用しているヤニスが、そう呟きながら、絵を描いていく。

望遠鏡も、墨を付けずに書くことが出来る筆もアザカに渡された物だ。

アザカには、図面は大まかで良いと言われている。

同時に、先入観を与えたくないので、イグニス以外はアザカからの情報は伏せている。


だが、流石に絵が上手いと言えないヤニスが書いても、微妙な仕上がりだ。

かと言って、イグニスやゼムフェルクが上手いわけでもない。むしろヤニスの方がマシだろう。

何と思って書いているのか、一部微妙な物が見えるので聞いてみる。


「ここは、何に見える?」


「う~ん、門を作っているように見えるんだけど、ズレているんだよな。

 だから、違うと思う」


「基礎は門に似ているんだな?」


「ああ、でも言った通り反対側にもあるけど、ここになる」


門であれば、真っ直ぐに通るはずだ。

それが、東と西で位置がずれている。

だが、アザカから聞かされている話で、虎口と呼ばれるものがあった。

おそらくは、それだろう。


「仮に、グロースに全戦力を向けるとなれば、救援を送ろうにも、ここで阻まれるな」


「アザカ殿なら、突破が可能な武器や作戦を考え付かないか?」


「いや、そのアザカ殿が言っていた。銃を教えた勇者が考えた城壁なら、突破は無理だって。

 空から爆弾を落とすしかないそうだ」


「爆弾? おまけに空から落とすって?」


「火薬の塊。ちなみに例の泥みたいなやつ。アレを使う爆弾もあるらしい」


そう言うと、ゼムフェルクの顔に嫌悪感が広がる。

その気持ちは痛いほど分かるし、心底同意だった。


「それと、隊長たちの世界では、数百人くらい乗せて、雲より高く飛べる船みたいなのがあるらしい。

 流石にアザカ殿でも作れないと言っていた」


ゼムフェルクが呆れた様に溜息を吐く。

自分も聞いた時は同じ反応だった。

アザカから感じる異質な感覚は、住んでいる世界の差が激しすぎるのかもしれない。


だが、タケルを見ていると、そんな感じはしない。

普通とは言えないが、タケルの異質さは、世界の違いとは関係が無い気がする。

むしろ、アザカから聞く世界に、普通に住んでいた事の方が驚きだ。


「出来たぞ」


ヤニスが書き上げたものを見て、望遠鏡で上手く書けているか確認する。

絵が上手いとは言えないが、特徴は掴んでいる。アザカに質問されても、答えることが出来るだろう。


「よし、下がるぞ」


魔族が望遠鏡を持っていない保証はない。

山奥に入り、軍馬を待たせている場所まで戻る。

そこで、日が落ちるまで待機して、夜になってから移動する予定だ。


「いや、外で行動したお蔭で、ようやく落ち着いたよ」


「ああ。船の中は嫌だったがな」


魔族への尋問をした所為で、しばらくは陰鬱な気分に陥っていた。

報告を受けた連中は、魔族が脳を食うという行為を、おぞましいと感じたようだが、イグニス達は自分達がやった事の方が、余程おぞましいと思っている。


手を拘束した魔族の顔に、白い泥のようなものを塗った。

べったりとへばり付いたソレは、火を点けると燃え上がる。

魔族は慌てて桶に入った水に顔をつけた。だが、桶から顔を上げると、間もなく火が点くのだ。


息が出来なくなるまで水に顔をつけ、苦しくなって顔を上げれば火が点いて苦しむ。

何度も、それを繰り返し、ようやく火が点かなくなったが、その後も苦しみだす。

ただの水では無いのだろう。何なのかは聞かされていないが、絶対に触るなと言われていた。

匂いも色も、ただの水にしか見えない。それでも、これは毒なのだと思った。


顔が異様な形に腫れていた。

苦しみ続け、やがて殺してくれと叫ぶ。

壁に頭を叩きつけて自害をしようとするが死ぬことは出来ない。

息を止めて死のうとしたが、そんな事が出来るはずもない。


ただ殺してくれと叫んだ。

殺してくれと懇願してきた。

質問に答えれば殺してやる。そう言うと、答え始めた。

同じ質問をした。答えが違えば殺さない。同じ答えならタケルが首を刎ねた。


顔では無く、手に泥を塗った魔族もいた。

同じだった。だが、息苦しくは無いので、ずっと水に手を付けていた。

だが、ただの水ではない。あの毒の水だった。

手が腫れて苦しみだし指が異常な形になっていた。


顔に塗った奴と同じだった。

殺してくれと懇願し、質問に答えさせた。

治癒の魔術を使える奴がいた。だが、治癒は効かなかった。


途中からロートルイが参加した。

自分が負傷している間に、主であるアーヴァングが死んでいたため、復讐心に猛っていた。

だが、それでも、最後は魔族に同情しだした。


アザカが用意した泥と水が何かは分からないし、分かりたくも無かった。

ただ、殺してくれと言う魔族の声が、何時までも耳から離れない。

狭い場所に行くと、あの声が蘇って来そうだった。

こうして、空の下にいる。その任務に就けた事を感謝している。


「よし、移動するぞ」


日が落ち始め、夕方になってから移動を開始する。

海岸に到着した時は深夜になっており、当然ながら船の姿は見えない。

イグニスは、筒に入った灯用の魔石を点滅させる。

筒の真ん中に穴が開いていて、反対側からは明かりの点滅は見えない。

陸にいる魔族に見つからず、安全に海にだけ点滅が見える道具だった。


やがて、小舟が近づいて来て、そこに乗り込む。

嫌がる軍馬を宥めるのに一苦労したが、最初に比べればマシだった。

長い間、船に乗ると普通の馬なら駆けなくなってしまう。

軍馬はそんなことは無いが、それでも長い間の拘束はかなり嫌がる。

その分、一緒にいて話しかけてやる必要があった。


全員が、自分の軍馬に話しかけながら、沖で小舟から軍船に乗り込む。

輸送目的では無い軍船は、速度が出るが揺れは激しい。

それでも、小舟よりは良いのか、今度は素直に乗り込んでくれた。


「どうだった?」


「副長? どうしてここに?」


軍馬に集中していて気付かなかったが、軍船にはヴィクトルが乗り込んでいた。

グロースにいたはずだし、陸地に上がるため軍船から降りた時も、当然ながらヴィクトルは乗っていない。


「昼にグロースの軍船から乗り移った。それで?」


「はい。アルスフォルト殿下の予想地点に長城を建設していました。間違いありません」


そう言って、ヤニスが書いた図を渡す。

ヴィクトルは一瞥すると、船長に帰還の命令を出す。


「西の方は確認しなくて良いのでしょうか?」


「あちらはグロースの海軍が請け負ってくれた。

 それに、一か所ある時点で、魔族の戦略目的は判明したからな。

 小舟を降ろして、グロース海軍には連絡を取るし、それより一度戻って本国に伝えたい」


「分かりました。軍の再編もありますしね」


先の決戦では、損害は少なかったとはいえ無かったわけではない。

ティビスコス、ブライノフとアルツールも、それぞれ補充して訓練に取り組んでいるだろう。

そして、問題はアーヴァングが率いていた部隊だ。先の戦いで1000騎を失い4000騎になっている。


それでも個人の力量の平均では赤備えをも上回る精鋭だ。

形としては、新たに元帥となったタケルの旗下になる。

元帥旗下としては、赤備え1000騎と合わせて5000騎になる。

問題は、その4000騎を率いる指揮官だ。


ロートルイなら、元々アーヴァングの副長として率いていたので指揮官としては適しているが、タケルの動きに合わせられるかが問題だった。

そのため、別の候補として挙がっているのがヴィクトルだ。

タケルの動きを読んで合わせるという面では、誰よりも優れている。

ただ、ヴィクトルなら、4000騎の指揮にも直ぐに慣れるだろうが、独自の判断で動くとなればロートルイに劣ると思う。


現在はロートルイがタケルの動きに合わせられるように訓練をしている。

これで付いて行けるようになれば、ロートルイが指揮官で決定だ。

だが、イグニスは内心では、二人よりもエリーザが適していると思っている。

タケルの動きに合わせることも出来るし、独自の判断力もヴィクトルより優れていると思っている。

ただ、若い女性であるため、指揮官として仰ぐには抵抗があるだろう。何と言っても威厳が無い。


「お前たちは、誰が適任だと思う?」


そう話を振られ、少し動揺する。

返答に悩んでいる間に、ヤニスはヴィクトルを、ゼムフェルクはロートルイを推す。

ヤニスはタケルに合わせる困難さを挙げ、ゼムフェルクは赤備えの能力が落ちることに抵抗があるようだ。

イグニスもゼムフェルクの考えに同意した。


「俺は、出発前に聞かれた時は、エリーザを推したんだがな」


驚いたことに、ヴィクトルもエリーザが相応しいと思ったようだ。

推薦した理由もイグニスと同じ考えだった。

ただ、エリーザが嫌がったそうだ。色々と理由は付けていたが、タケルの側にいたいだけのようだ。


「まあ、年内には帰れそうだから、色々と試せるだろう。お前等も今の立場では無くなるかもしれんが、覚悟はしておけ」


「了解です。ところで、グロースの軍と、向こうの魔族はどうでした?」


「この一年で、俺達の練度は随分と上昇したと思う。少なくとも、ロートルイが見た去年と違い、グロース軍には、俺達が手も足も出ないという事は無い。

 同数の兵力なら、隊長とアルスフォルト殿下抜きなら、互角にやれると思う」


戦力的に言えば、全てが平均して高いのがグロース軍だ。攻撃防御の釣り合いが取れている。

一方のロムニア軍は、攻撃力ならブライノフ。防御で言えばティビスコスの歩兵が優っている。

だが、逆に言えば、ブライノフは防御に難があり、ティビスコスは攻撃に難がある。


アルスフォルトが指揮をすれば、その欠点を上手く突いてくるだろうし、長所を殺してしまうだろう。

だが、アルスフォルト自身は、両者の軍の違いに随分と興味を持ち、自軍にも組み込めないか考えているようだ。


「ちなみに、隊長とアルスフォルト殿下の両方がいれば?」


「予測できない。両方とも俺が予測できる範囲を超えているからな。

 隊長が勢いで突破してアルスフォルト殿下を討つかもしれないし、アルスフォルト殿下が、上手く嵌めて隊長を仕留める。あるいは隊長を孤立させて他の部隊を潰すか。

 まあ、どうなるか見当も付かないな」


「では、魔族の方は?」


「かなり厄介な事になっているみたいだな。

 最近の魔族は、数千単位で攻め込んでくるようだが、その指揮能力が上がってきているようだ。

 統率が取れてきているらしい」


魔族の指揮官と言うと、嫌でもグラールスを思い出す。

あの戦いで見せた、信じられない程の猛攻。完勝を目前に、それを打ち砕いた蛮勇は、忘れたくても忘れられない。

あの時、混乱した魔族の軍勢を、前へと進み続けることで統一してみせた。

グラールスほどの魔族が、そう多くいるとは思いたくも無いが、今までの稚拙な指揮とは、かなり違う部隊になっているようだ。


「おまけにアルスフォルト殿下の予想だと、これから、更に強くなりそうだと言っている。

 ヘルヴィス抜きでも手強いと感じているようだし、これにヘルヴィスが加われば勝てる自信が無い。そう言っていた」


「正直、聞きたくなかったです」 


「俺は誰かに言いたくて、たまらなかったよ。少し胸の(つか)えが取れた気分だ」


嬉しそうなヴィクトルに恨みがましい視線を送る。

だが、嫌でも、その強くなった魔族と戦わなくてはならない。

そして、ヘルヴィスと。ついにここまで来たのだ。


かつて、何も出来ないままアハロン()を失った。

友の遺体を担いで帰った記憶は、決して消えることは無い。

あの時、ゲオルゲの戦死も聞かされて一度は絶望した。イグニスだけでは無い。

リヴルスも、みんな魔族に勝つのは無理だと思っていた。

口では勇者が来れば。そう言ってはいたが本心では諦めていた。


だが、それから一年も経たない内に、勇者(タケル)の手でマイヤの救出が知らされた。

その配下はヤニスら良く知る連中で、決して優秀とは言えない騎士だ。

希望を抱いた。絶望の淵に垂らされた希望の糸を掴んだ。


これまでにない集中力で訓練に励んだ。

自分でも驚くほど成長して行くのが分かる日々だ。

今では、思い返すと恐怖しか抱かなかったヘルヴィスに対する恐怖は無い。


いや、恐怖はあるが立ち向かえる。

そんな訓練を続けてきたのだ。

魔族が強くなっているとしても、それを超える訓練をすれば良いだけだ。


「早く帰って訓練の再開と行こうか」


こちらの考えを見透かしたかのようにヴィクトルが言う。

その言葉に肯定の返事をするが、それはヤニスとゼムフェルクと同時だった。

みんな同じ意志で固まっている。それが心地良いと感じた。

鮮花が用意した拷問道具。

泥は、不純物を多く残して、わざと可燃性を下げたガソリンをゲル化させた劣化ナパーム。

毒の水は1パーセント以下まで薄めたフッ酸です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ