予測できない男
「さて、どうにも整理しきれんな」
アルスフォルトは、目の前に座る男に、苦笑しながら話しかける。
王宮から、自分の執務室がある場所まで移動してきた。
改めて、その男を見る。話に聞いていた通り、自分と歳が変わらない端正な顔をした騎士。
ヴィクトル・パドゥレアス。勇者の片腕と言われている。
「お察しします。我々も耳を疑いました。ウソを吐くにしても、もう少し考えろとも思いました。
ですが、別の魔族を尋問しても答えは同じです」
「いや、疑っている訳では無いさ」
アルスフォルトはロムニアからの使者からの話を王宮で聞いた。
父である王を始め少数の者に伝えたい。そう言われた時は何事かと思った。
これまでも、何度かロムニアからは情報が送られてきた。そのどれもが驚かされ、助けられても来た。
しかし、極秘の内容は今まで無かった事だ。
それまでの情報は王宮で受け取り、自分のところに送られてきたが、今回に限っては機密性があるとの事で、王宮まで呼び出されたのだ。
面倒だと思っていたが、内容を聞けば納得だ。
「だが、私達は軍人だ。奴らが脳を喰らう事を止める手立ては、向こうで考えさせよう」
魔族への情報の流出は、脳を喰らう人間を与えない事だ。
既に捕らえられている人間は諦めるにしても、新しい情報は、征服されていない国の者からしか手に入らない。
それは止めるべきだが、人を止めれば物流まで止まる。
絶対の正解は無い話だ。ロムニアは丸投げしてきたが、その気持ちは分かる。
アルスフォルトも、弟や文官たちに任せた。おそらくロムニアを見習って、商人を呼び出して相談するのだろう。
アルスフォルトは軍人として、王宮での決定には従うが、長い話に参加する気は無い。
故に、ヴィクトルを招いた。彼の口から聞きたい事がいくつもある。
「まず、聞きたいのだが、新しい元帥は、元帥としてはどうなのだ?」
「正直、投げ出したい。そう思っています。
実際に、アーヴァング・テオフィル元帥が健在であった方が、我が国は強力だったでしょう」
短い言葉で、こちらの質問の意図を察し、短い返答でこちらの知りたい事を伝える。
見た感じからして、剣の技量は高い。雰囲気がある。おまけに頭も切れる。
アルスフォルトの好みの軍人だった。是非とも配下に欲しいくらいだ。
そして、タケルの考えも予想の範囲内だった。軍の頂点に立つより、少数を率いることを望む男だと思っていた。
今の立場を嘆いている。代わりがいないか、そう今でも思っているだろう。
「随分と酷な事をさせる。人の命を背負う。口で言うのは簡単だが、重いぞ」
「承知の上で願いました。長い付き合いとは言えませんが、薄い関係ではありません。嫌がる事は分かってます。
それでも元帥にと望みました。重荷に感じると知った上でです。
それに、酷な言い方ですが、それを重いと感じない者に背負わせたくはありません」
「確かに」
その返答に苦笑してしまう。
命を背負っておきながら、それを重荷と思わない者に、軍を率いる資格は無い。
同時に、それでも背負う者は必要なのだ。背負った者は、めぐりあわせと思うしかない。
それに、本人にとっては本意では無いだろうが、背負わされる理由もある。
「失礼な話だが、三年前、私はロムニアの陥落は時間の問題だと考えていた。挽回できるはずが無いと」
王太子と元帥が同時に戦死した。
アルスフォルトの中では、あの時点でロムニアは滅亡が確定していた。
「当然の推論でしょう。私もそう思っていました。
いえ、私だけでは無く、ほとんどの者がそうだったと思います。
ただ、現実を、戦場を、ヘルヴィスを、それらを知らない者の前で、辛い現実を教える必要は無いので見栄を張っていたに過ぎません」
「正直だな」
「アルスフォルト殿下の前で見栄を張るほど、厚かましくなれないだけです。
殿下の推測通りだと思います。
我々は滅亡に瀕し、ぞれを覚悟していた。ただ、往生際を悪くしていただけです。
これから召喚される勇者に期待していた者も、いるにはいましたが、それも現実から目を逸らす方便でした」
「それが、いざ召喚されたらアレか」
「はい。個人的にも、軍にとって、国にとっても衝撃でした」
どこか、嬉しそうに話す。個人的にも何かあったのだろうが、立ち入って良いものでは無い気がする。
それほどの付き合いが出来る関係は、アルスフォルトには不可能な事だ。羨ましいと正直に思う。
同時に、全体を見る立場になった以上は、その能力があり、気心の知れた者が側にいないのは辛いかもしれないと予想する。
「其方を派遣したのは勇者にとっては痛手だったかな」
「いえ、元より、ティビスコス将軍は必要以上に負担をかけないように留意されていますし、前の元帥であるヴァルター元帥とアーヴァング元帥の娘が側にいるので補佐は可能です。
それに幸い、今はアザカ殿が側にいます。戦略や戦術の話しでは私以上の知識を持っています」
これは朗報だった。先の戦闘で作戦を立てたディアヴィナの勇者は、ロムニアに残って魔族を討つ手伝いをすることが決まったようだ。
その聡明さは聞き及んでいるし、気心も知れていれば、支えになれるだろう。
「それは良かった。
ならば、勇者殿は背負ってもらうしか無いな。それが希望を持たせた責任だろう」
死を受け入れていれば、少しは楽に死ねる。足掻いて苦しむ必要も無い。
だが、今のロムニアは希望を抱き、勝とうとしている。生きようと足掻いている。それは同時に苦しみでもあるのだ。
良くも悪くも、それが人の業なのだろう。
他にもいくつか質問をしたが、ヴィクトルは全てに淀みなく、簡略に答える。
それらの情報を整理しながら、今後の予想を立てていく。
「おそらく、ヘルヴィスは貴国に向かって動く。
が、どうにもな。普通に春になってから動くかと言えば違う気がする」
「それは?」
「分からん。悪いが私にも読めん。
奴の性格だと、直ぐにでも行きたいだろうが、奴の所在は確認できている」
ヘルヴィスはグロースとの国境付近で指揮を執っている。
それぞれ、二千程度の軍を率いているが、最近になって手強いと感じる指揮官が何体かいた。
情報にあった幾人かの指揮官だろう。彼等を実戦の中で鍛え上げているようだ。
グラールスの戦死の報を聞いたとして、それから向かっても雪が降り始める季節になっている。
とても進軍は出来ないが、それでも妙な感覚がある。
「奴は焦がれるだろうな。グラールスを討った相手だ。憎しみと愛情を持って攻めてくる。
だが、普通に攻めるとは思えない。そうだな、何か悪戯を仕掛けてくる」
「悪戯、ですか」
「上手くは言えんが、ヘルヴィスはロムニアの新元帥に、少しでも早く会いたがっているだろう。
同時に、それほどの相手なら、何かしたがる。そんな稚気がある」
ほんの僅か、ヴィクトルが落ち着きを無くす。
見た目には分かりにくいが、ロムニアを心配しているのだろう。
「落ち着くと良い。先程も言ったが、ヘルヴィスの所在は掴んでいる。
奴が動いたと同時に、我が軍は攻勢に出れるようにしている」
「申し訳ありません。
それと、先程は話せませんでしたが、不確定ながら、伝えておきたい情報があります」
「何だ?」
「尋問で出て来たのですが、魔族は城を築いている可能性があります。
城と言っても、都市ではなく、長城、軍に対する関所の可能性があります」
そこを抜けなければ、通れない。そんなものを築いている可能性があるという。
魔族が言った事で、捕らえられた勇者にさせていることで、理解できない事がいくつかあった。
それを繋ぎ合わせて、ディアヴィナの勇者が出した結論が、長城の建設であるらしい。
「何分、不確定ですので、赤備えの隊員が、海軍と協力しての偵察任務を開始しています」
「なるほど、こちらからも協力できるかもしれない。海軍に連絡する」
レイチェルに海軍に連絡するように指示を出す。
ロムニアの海軍とは共同作戦を行った経緯もあるから、協力はしやすいはずだ。
「多分、この辺かな? それとここ」
立ち上がり、大陸の地図を見ながら予想する。
長城と言っても、目的は大軍を塞き止める事。
それなら、おのずと絞られてくる。
「分かるのですか?」
「予想だがな。大軍を通すには、ある程度の道は限られる。
そして、奴らの目的とするのは、我が国と貴国が、南方諸国を通って行き来出来ないようにする事。
その範囲で、長城が短くて済む狭い街道となれば」
大陸の地図に二か所の丸をつける。
東西にあり、仮にロムニアが攻められている最中に、南方諸国を突っ切って進もうにも、食い止められる場所に築こうとしていると予測した。
「海軍に持って行かせる。そちらの海軍と合流出来れば、渡せるだろう」
「感謝します」
「いや、貴国から送られた情報に比べれば安いものだ。
それより、もっと知りたいことがあるのだろ?」
「はい。実は元帥の興味はそちらです。ご教授願えますか」
「ああ、私も伝えたかった。奴らの新しい戦い方。
まだ、変化中だが、これまでとは違う。またもや一進一退の状況になってきたよ。
取りあえずは外に出る。軍の訓練に参加しながらが説明しやすい」
「お願いします」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「そうか、逝ったか」
ヘルヴィスは報告を聞いた後、力無く呟いた。
敗戦は仕方が無いと思った。
損害が一万を超えるのも我慢できる。
だが、グラールスが逝ったのは痛い。
軍の再編を進める内に、どうしても足りないものが出て来た。
それは優秀な指揮官。
判断が出来て、指示が出来る将。
及第点にいるのはヴァルデンを始め、そう多くは無い。
それも、二千から三千の指揮が限界だった。
それでも、例え二千の指揮官でも、それが10名もいれば、二万の軍を自在に動かせる。
だが、それが出来るのが10名に届かない。
グラールスが生きて帰れば、理想の軍に近付いた。
一万の兵力より、遥かに大きい損失だった。
「まあ、逝ったものは諦めるしか無いな」
そう言って、同じく報告を聞いていたヴァルデンを見る。
その顔はヤツレ、目は血走っている。
先程まで、碌に寝ないで訓練をしていたので、形相が変化している。
過酷な訓練を強いているが、その分、軍は強くなっている。
あと少しで描いている軍の形になる。
「聞いての通りグラールスを加える案は無くなった。
その分、多くの兵を指揮する必要があるが、出来るか?」
「やります。出来なければ、これまでの苦労が報われない。そう思っています」
「よし。訓練に戻れ」
頭を下げ、部隊に戻る。
それを見送りながら、ヘルヴィスはロムニアの事を考えていた。
突然の雨は気になるが、考えても答えは出ないので、考えても仕方がないと割り切る。
分からない事を悩むより、考えるのは、分かっている戦力だ。
アーヴァングは、グラールスと相打つ形で逝った。
話に聞く限り、相当に強力な部隊を率いて、しかもグラールスとの一騎打ちとも言える形で勝利を収めている。
そのアーヴァングを失ったのはロムニアにとっての痛手だ。グラールスを失った自分達と比べても痛み分けと考えて良い。
残った部隊は警戒する必要はあるが、アーヴァングの指揮下より数段落ちるだろう。
それより厄介なのは、歩兵の存在だ。
長い槍で食い止める。弓兵と非常に連携が取れた部隊は、もしかすると竜騎兵にとっての天敵になりかねない。
しかも、指揮をするのは、老練なティビスコスだ。グラールスの突撃に苦しめられたとはいえ、決して甘く見て良い相手ではない。
更にブライノフとアルツールの部隊が、以前に比べて動きが良くなっている。
歩兵と言う、機動力に劣る部隊が出来た事で、騎兵本来の機動性を生かした戦闘をするようになっている。
何時の間にやらグロースにも見劣りしない戦力に成長していた。
そこに、カラファト城を守るクルージュ。
純粋な戦力としては、クルージュはそう強くはない。
だが、カラファト城の守りは固い。あの城を奪取する必要がある。
攻城兵器の事を、ザルティムに聞いた方が良いだろう。
「その上」
そう呟いた時、身体中を歓喜の衝動が走り抜ける。
今まで、戦力の分析のために、あえて考えないようにしていた異常な戦力。
深紅の騎馬隊。今まで出会った勇者とは別物の存在。
「名前が分らんな」
敵戦力を把握するため、これはという騎士の名前は記憶するようにしている。
それを覚えきれないようだと、戦力さえ把握できないと考えているからだ。
だが、ロムニアの勇者の名前は聞いていない。
会いたい。たまらなくなるほど会いたい。
顔を見たい。声を聞きたい。触れてみたい。
この切なさは、ゲオルゲだった時に、アリエラに抱いていた想いに似ている。
風を感じた。北からの風。もう、冬になる。
今から全軍を東へ向けても、到着は真冬になっている。
春まで待つしかない。だが、待てない。直ぐにでも会いたいのだ。
騎兵だけで行く。流石に無理がある。数が少なすぎるのだ。自分は生きて帰れても部隊は全滅だ。
部隊の全滅は自分の死と同等だ。軍人としても矜持が許せない。
それに建設中の長城は、完成までに一年はかかる。
全軍での移動は、完成する夏までは避けるべきだ。
東は旧ロムニア領を諦めて、西を防御する。
ロムニアは旧領を回復するだろうが、その間に長城は完成し、全軍を移動させることが出来る。
長城は女に守らせても十分だ。
銃を配備し、ハザマと呼ばれる穴から射撃する。
壁を壊す手立ては無い。門を壊しても、虎口と呼ばれる通路は進軍を遅らせ、射撃の的になる。
そうだ。夏まで耐えるのが正しい。
だが、我慢できないのだ。少しでも早く会いたい。
単騎で会いに行く事も考えるが、奴は軍で行動している。
話に聞く赤い部隊を相手に一人で立ち向かうのは無理だろう。
どうしても、軍がいる。
だが、軍を率いれば補足され、大軍で迎撃される。
全軍を率いれば、グロースが攻めてくる。アルスフォルトの事だ。自分が西にいるかどうかの監視はしているはずだ。
「そうだ。あれがある」
少数の軍、それこそ竜騎兵で、ロムニア全軍を相手にすれば、間違いなく物量に潰される。
だが、それは必要な条件がある。
あの日なら、夏どころか、温かくなるまで待つ必要は無い。
「おい、ザルティム。年が変わる前に東の端まで移動するぞ」
「あの、何を考えてるんです?」
「ロムニアの勇者に会いに行く」
「え~と、正気ですか? いえ、失礼。正気では無いでしょうが、無理ですよね」
「出来る。閲兵式だ。ロムニアは年明けに、それをやる。模擬戦闘だから、全軍が模擬刀だ。
装備を変える前に離脱すれば話す時間は十分にある」
「あの、話すためだけに、ロムニアの全軍が集結している中に向かうと?」
「そうだ」
ザルティムが頭を抱えているが気にしない。
会うには良い状況だろう。
胸の高鳴りが抑えられない。早く、その日が来ることを願っていた。




